完全手作りの和紙生産組合
富山県南砺市五箇山地域にある東中江和紙加工生産組合は、和紙原料の自家栽培・生産・販売を一貫して行っています。楮(こうぞ)100%の和紙にこだわり、富山県内で唯一完全手作りの純楮(じゅんこうぞ)和紙「悠久紙」を製造しています。
昔ながらの伝統的な製法でつくられた「悠久紙」は、高い耐久性を持ち、京都の桂離宮、京都御所、名古屋城、富山県では一昨年国宝に指定された勝興寺、その他様々な古文書など、日本を代表する重要文化財の修理・復元に利用されています。
富山県南西部に位置する南砺市は、西に石川県金沢市、南に岐阜県白川村という2つの県境を有する、三方を山に囲まれた扇状地です。
主に、平野部・中山間部・山間部の3つの地域に分かれており、同じ市内であっても地域によって気温や積雪量、育つ食物や野生動物の出現頻度などが全く異なります。家屋のつくりも地域ごとに特徴があり、特に異彩を放つのが山間部にある五箇山地域の「合掌造り集落」です。五箇山には、相倉(あいのくら)と菅沼(すがぬま)の2つの合掌造り集落が現存し、岐阜県白川村の白川郷と合わせて世界遺産に登録されています。
楮100%の和紙に向き合い続ける
「私の家も昔は合掌造りだったんですよ」
と語るのは、今回後継者を募集する東中江和紙加工生産組合の宮本友信さんです。
「もともと加賀藩領であった五箇山では、春から秋にかけて農作業を行い、雪に閉ざされた冬には手仕事として和紙漉きが行われていました。私の作業所には、加賀藩の紙漉き屋の証明である明治3(1870)年の木簡が残っているんですよ」
最盛期には五箇山だけで200以上の紙漉き屋がありましたが、戦後にはパルプを使った安価な紙へと市場がシフトしていき、和紙の需要・仕事は激減。現在、五箇山地域に残る和紙の事業所は3ヶ所のみとなりました。
その3ヶ所のなかに宮本さんの組合が入ることができたのは、ひとえに「楮(こうぞ)100%の和紙」にこだわり続けたからにほかなりません。
「楮100%」とひとことで言うのは簡単ですが、その実現には手間ひまを惜しまず、人一倍の苦労を背負う覚悟が必要となります。原料となる楮や紙漉きの工程で使用されるトロロアオイはすべて自家栽培。多くの事業所がそうしているように化学薬品である苛性ソーダを使用してちりを取り、さらし粉を使って漂白をすれば工程はいくらでも省けるのですが、宮本さんの組合ではちり取りはすべて人の手をつかい、漂白は雪と太陽の力を活用した雪晒しで実現しています。
手間ひまをかけて「楮100%和紙」にこだわる理由
純楮和紙とそれ以外の和紙では、耐久性に全くの違いがあるといいます。そして、1000年持つと言われる「悠久紙」の耐久性こそが、宮本さんのお客様である文化財保存修復事業所に求められる一番の要素なのです。
昭和49(1974)年より始まった「桂離宮」の昭和の大修理では、宮本さんの『悠久紙』が大量に使用されることとなりました。その理由は、混ざりものがない抜群の鮮度と耐久性。修理を担当した表具師が、探しに探してようやく見つけた理想の和紙だったのです。
そして大修理終了後の昭和63(1988)年には、通商産業省(現在の経済産業省)の伝統的工芸品に越中和紙が指定されました。
文化財の修理・復元に使われる紙は、最低でも500年という耐用年数が求められます。それらのニーズに応えるため、宮本さんの和紙製造工房では日本で最大規模の楮畑を持ち、丁寧に質の良い楮を育てて、「雪さらし」によって本物の白さを作りだしているのです。
宮本さんがつくる悠久紙は、日本に古くから伝わる伝統的な手法で作られた、全国的にも希少な本物の和紙です。五箇山の自然の豊かさと先達から受け継いだ知恵を活かしてつくられる、その質の高さこそが宮本さんと組合員の誇りなのです。
取引先からの要望により後継者募集を決意
宮本さんがこのほど後継者を迎えようという考えに至ったのは、取引先等から「存続してほしい」と強い要望があったからです。まだまだ第一線で活躍中の宮本さんは次の世代のことを考えるには若い年齢ですが、一人前の和紙漉き職人を育成するのに10年ほど見積もる必要があると考えると、今動く必要があります。
実は後継者については常々検討していましたが、伝統工芸界隈の全国的な課題であるように、和紙の需要は低い水準のまま。なかなか後継者を雇い入れる余裕はありませんでした。しかし、昨今では外国市場から悠久紙への引き合いが少しずつ高まってきたこともあり、後継者をきちんと雇用して、技術を伝えて、次代の悠久紙を託していこうと決意するに至りました。
本組合では季節や自然に合わせてさまざまな作業を行っています。春から秋にかけては楮を栽培・刈り取るなどの農作業がメインとなり、収穫した楮は蒸して、楮の皮を剥いで、冬には「雪さらし」を行います。紙漉きは現在、季節を問わず年間稼働中です。
山の中での作業となりますので、深い自然が隣り合わせとなる生活に苦を感じず、また1200年続く和紙の生産にやりがいを感じられる方に向いている仕事です。
仕事の半分以上は外作業となります。暑い夏に農作業ができて、寒い冬に冷たい水に手を入れて紙漉きができる、我慢強い方にぜひ来ていただきたいと話す宮本さん。仕事場となる五箇山の平地域は、もともとは秘境と言われる場所。山が好き、虫は大丈夫、スーパーまで車で30分かかっても平気、という方でないと少々難しい土地柄であるということを事前にお伝えしておきます。
言い換えると、自然との共存に興味のある方にとっては、まさに理想の環境で仕事ができると言えるでしょう。
また、新市場の開拓は喫緊の課題。宮本さんの組合でも悠久紙を活用したステーショナリーグッズや、デザイナーとコラボした帽子などのファッションアイテム制作に取り組み、オンラインショップで販売していますが、まだまだ軌道には乗っているとは言い難い現状です。今の時代に合う新商品の開発やインターネットを活用した販売促進は急務であり、新しい知識や発想が大いに求められています。職人としてだけでなく、こうした市場開拓にも意欲的に取り組んでくれる方を求めています。
最後に、宮本さんからのメッセージをいただきました。
「私たちが行う伝統的な製法は手間ひまをかけた細かい作業ばかりで苦労を感じることが多いですが、その分やりがいはひとしおです。この想いに共感してコツコツと頑張ってくれる方のご応募をお待ちしています!」