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2023.07.13

地域の仕事の後継者探しに取り組む市役所と先輩移住者。継業を通じて関係人口も生む岡山県美作市

継ぐまち、最前線

〈 この特集は…〉

地域で長く愛され、まちの個性となっている飲食店や一次産業、ものづくり産業、などの小規模事業者たち。しかし、多くの地域では後継者がいないことが理由で、歴史が途絶えてしまうかもしれません。自治体に求められているのは、事業の後継者を探し、地域の価値を承継すること。継業バンクを活用して継業が生まれた自治体の担当者に、活用に至った背景や成果をうかがいます。

地域:岡山県美作市

担当者:企画振興部 企画情報課 井上賢治さん、安井晴香さん

継業で生まれた関係人口

岡山県北に位置する美作市は、県内にある市の中で最も人口が少なく、市内の約8割を山林や原野が占める、自然豊かな地域です。2020年4月から継業バンクの運用を開始し、4件の後継者を募集、うち2件の継業が実現、現在は1件の選考を進めています。(2023年7月現在)

お話をうかがったのは、美作市役所企画振興部企画情報課の井上さんと安井さん。企画振興部では、市の企画立案から各部署への引き渡しや、地域おこし協力隊の取りまとめを担っています。継業バンク業務では、後継者のいない事業者と、後継者に関心がある応募者のやり取りをするほか、現地体験などにも立ち会っています。

初めて市として後継者を募集し、2020年10月に地域おこし協力隊として後継者が着任した「有限会社右手養魚センター」は、市の観光施設のひとつで、アマゴの卸販売や管理釣り堀などを手がける養魚施設です。2024年3月の地域おこし協力隊任期満了が近づく中、本格的な事業承継に向けた準備を進めています。

初の継業となった「右手養魚センター」の後継者は、兵庫県からの移住

また、2件目の継業となった「みつまた農家」の後継者募集には、10件以上の問い合わせがありました。仕事への理解を深めてもらうため、1年間かけて定期的に現地体験会を実施。2023年中に移住して継業する後継者が1人見つかったほか、定期的にみつまたへの理解を深めるイベントを企画し、1年間で約30人が美作市を訪れたそうです。

井上さん「記事を見て応募される方が思っていたよりも多かったという印象ですね。特に、みつまた農家の体験会に30人以上が参加されたのには驚きました。美作市に関心を持ってくださる人がいるのはとても嬉しいです」

継業が生まれているほか、美作市のファンになり定期的に訪れる「関係人口」も増えている背景には、なにか理由があるのでしょうか。

安井さん「移住した元地域おこし協力隊員が、地元の方と良好な関係を築きながら積極的に移住希望者と関わる機会をつくってくれています。みつまたの現地体験会などはすべてその方が企画しています」

元地域おこし協力隊の丸山耕佑さんは、美作市に惚れ込み移住。建築士として働く傍ら、自身が住む中右手集落の住民と「中右手おもてなし隊」を立ち上げ、蔵サウナ付古民家スペース「パブリックハウスアンドサウナ久米屋」を運営するなど、地域住民と移住者のハブとして精力的に活動しています。

みつまた農家の現地体験会をコーディネートしている丸山さん(左)。福岡県出身で、東京から美作市に移住した

さらに、「カーネーション農家」の後継者募集は、2023年3月に募集を締め切り、選考も兼ねて3組の方が定期的に体験に訪れています。2組が関西圏から、1組が近隣市町村からの参加とのこと。

安井さん「一番最初の応募者と事業者とのお繋ぎは私たち市職員が担当しますが、一度顔を合わせてからは、直接連絡を取り合っていただいています。これまでに大きなトラブルはなく、じっくり時間をかけて選考が進んでいます」

主に岡山市内へ出荷するカーネーションを栽培する花卉農家さんのもとを訪れ、仕事体験をする1日のインターンシップも開催

事業者からの相談で本格的な取り組みを開始

継業支援に取り組みはじめて後継者が移住し、さらに関係人口も増えた美作市ですが、全国の中山間地域と同様に、少子高齢化や後継者不足という課題を抱えています。平成27年(2015年)に市独自で実施した「事業承継の実態アンケート調査」では、「地域おこし協力隊を活用して後継者を受け入れたい」と5事業者が回答したほか、「後継者がいれば事業を継続したい」と6事業者が回答したそうです。

井上さん「美作市には、1200年前に開かれたと言われる湯郷温泉や、江戸時代から続く海田茶、勝田地域では岡山を代表する桃の栽培など、観光資源が多くあります。アンケートの結果を受けて、観光や一次産業の事業者が廃業することに対して、漠然と危機感を抱いていましたが、具体的な取り組みには至っていませんでした」

和紙の原料になる「みつまた」の生産量が日本一の岡山県。しかし美作市でも担い手がほとんどいない状況になっていた

アンケートで顕在化した後継者課題に対し、なにか対策を講じようと思っていた頃、先ほど紹介した「右手養魚センター」の創業者が市役所に直接相談。これを受けて、まずは地域おこし協力隊を活用して後継者を募集し、その後すぐに利用を開始した継業バンクでも同時に募集した結果、6件の問い合わせがあり、継業が動き出しました。

関連記事:譲り手よし、継ぎ手よし、地域よし。地域おこし協力隊制度を活用した三方よしの継業。有限会社右手養魚センター

市役所内の他部署と連携できる強みを活かして

ふたりが所属する企画情報課は、市の総合的な施策を企画し、担当部署にトスアップする部署。多岐にわたる部署にまたがるからこそ、継業を進める上で有意な点と苦労する点もあるといいます。

安井さん「継ぎ手候補者から、継業後に株式会社化したいと相談されたことがあったのですが、商工部門の担当者にも同席してもらい、使える補助金制度などの説明をしてもらいました。また、私たちは移住に関する制度もご紹介させていただき、部署を横断して連携ができるのが私たちの強みだと感じました」

井上さん「一方で、専門的な知識を持っているわけではないので、案件に応じて勉強しながらの対応になるのが難しい点でもあります。でも、これまでの案件では人と人をおつなぎすることがメインでしたので、とても困ったという経験はありません」

地域外から移住を伴って継業する人にとって、市役所でワンストップで対応してもらえるのは心強いはず。美作市のように、他部署とのスムーズな連携体制は、地域内で継業を進めていく上でも重要になりそうです。

みつまたの現地体験インターンシップで参加者と交流するみつまた農家の右手さん。移住を希望する場合に制度を紹介できるのは、自治体が継業支援に取り組むことの強みだ

地域のプレイヤーたちと手をつなぎながら進めていく

長い年月をかけて受け継がれてきた事業は、すぐに継業できるものばかりではありません。そんななか、継業バンクを3年間活用して年1件のペースで継業が生まれているのは、プラスの成果といえるでしょう。市役所内で継業支援のノウハウを蓄積しつつある現在、今後検討している取り組みについて教えていただきます。

井上さん「前回のアンケートから8年が経つので、もう一度アンケートをとることも検討したいです。また、商工会とも連携して、後継者不在で廃業を検討されている事業者さんに声かけをしていけたらと思っています」

安井さん「商工会に属していない個人事業主の方もいらっしゃるので、いま後継者を募集している事業者さんを通じて情報を得ることも必要になると思っています。市内の事業者さんに継業を認知してもらうために、より住民との距離が近い支所で窓口を設けたり、広報誌で呼びかけるなどもやってみたいです。

また、右手養魚センターの事例を踏まえ、今年度から事業承継を希望する事業者の後継者候補として地域おこし協力隊を受け入れる「継業型協力隊」の積極的な活用も検討中です」

市の広報誌でも右手養魚センターの継業や、継業バンクについて紹介(参照:美作市)

総合的に市の方向性を考える市職員と、地域おこし協力隊を卒業した先輩移住者の両輪で進めてきた美作市の継業。自治体職員が事業承継支援に取り組むには、専門知識がないから難しいと捉えられがちですが、「継業」に必要なのは人と人をつなげること。地域で活動するプレイヤーと連携しながら進めることで、地域で残したい仕事のバトンをつなぐことができるのではないでしょうか。

美作市初の後継者募集ですぐに適任者が見つかった川魚の養魚施設「右手養魚センター」の譲り手と継ぎ手のふたりは3年間一緒に働き、良好な関係を築いている