
〈 この特集は…〉
地域で長く愛され、まちの個性となっている飲食店や一次産業、ものづくり産業、などの小規模事業者たち。しかし、多くの地域では後継者がいないことが理由で、歴史が途絶えてしまうかもしれません。自治体に求められているのは、事業の後継者を探し、地域の価値を承継すること。継業バンクを活用して継業が生まれた自治体や支援機関の担当者に、活用に至った背景や成果をうかがいます。
地域:兵庫県豊岡市
担当者:但馬信用金庫 事業支援部 松原健一さん・中尾祐介さん
取材・文:野内菜那 写真:takerun
兵庫県北部に位置する豊岡市は、城崎温泉や伝統産業の「豊岡鞄」などで知られる但馬地域の中核都市です。地域の魅力を支えてきたのは小さな事業者ですが、全国的な課題でもある後継者不足による廃業の増加は、豊岡市も例外ではありません。
そこで同市は2021年、小規模事業者の第三者承継を推進するため「豊岡市継業バンク」を導入しました。特徴的なのは、立ち上げ初期から地元の但馬信用金庫が連携している点です。譲り手の掘り起こしだけでなく、継ぎ手に対しても事業計画の策定や資金面などの創業・経営支援を総合的に提供してきました。

行政・金融機関・運営会社(ココホレジャパン)の三者が連携し、従来のM&A市場に乗りづらい地域の小さな事業を次世代へつなぐモデルを構築。さらに2026年2月には、自治体非導入地域でも事業者が直接後継者を募集できる「民間版ニホン継業バンク」が全国展開され、但馬信用金庫は協賛枠を設ける形で兵庫県姫路市と京都府福知山市での支援も開始しました。
なぜ一地域金融機関が行政やニホン継業バンクと連携し、継業支援に注力するのか。取り組みの背景や想いについて、同金庫事業支援部の松原健一さんと中尾祐介さんにお話を伺いました。
事業承継支援のきっかけは、馴染みの蕎麦屋の廃業
但馬信用金庫が事業承継支援へ本格的に踏み出す背景には、チーム立ち上げの原点となった、ある出来事がありました。
前任の担当者が個人的に気に入り、長年行きつけにしていた地元の小さなお蕎麦屋さんがありました。その店は、地域住民にも親しまれていましたが、ある日突然「後継者がおれへんから、廃業することにした」と聞かされたそうです。
「もっと早く知ることができていたら、何とかできたかもしれない……」
前任者は大きなショックを受けます。地元で「あそこに行けばあの味がある」と誰もが知っているような店が消えてしまうことは、地域の魅力やにぎわいが、ひとつ失われることと同じだーー。
以来「事業者の本当のSOSを、廃業する前にいかに早く拾い上げるか」という課題意識を持つようになり、但馬信用金庫として積極的な支援へと乗り出すことを決めました。

農村部や中山間地域を多く抱える但馬エリアでは、全国的な課題である人口減少や経営者の高齢化がより切実な問題となっています。若い世代が都市部へ進学・就職したまま地元に戻らず、経営者の親族であっても事業を継がないケースが後を絶ちません。
さらに大きな壁となっていたのが、従来の事業承継やM&Aの仕組みでした。一般的に、大手プラットフォームや仲介業者は、一定以上の事業規模の事業者を対象としています。結果として、個人で営む飲食店や、地域に密着した商店のような小規模事業者は、承継の手立てすらないまま廃業を選ぶしかないという構造的な課題が浮きぼりになっていました。
「まちの小さな事業者さんだからこそ、地域金融機関の私たちが力になりたい」
しかし、具体的なやり方がわかりません。あるとき、オープンネーム(事業者名や写真、創業者の想いやストーリーを公開する形)で全国から継ぎ手を募る「ニホン継業バンク」と出会います。小規模事業者であっても熱い想いを持ったひととマッチングできるこの仕組みに可能性を見いだしました。
2021年5月、但馬信用金庫は運営元であるココホレジャパンとの間で地域振興に関する業務協定を締結し、同年10月には豊岡市も含めた三者連携協定を締結。小さな生業を未来へつなぐ伴走支援を本格的にスタートさせました。
三位一体で挑む、現場密着の伴走型アプローチ
事業承継を推し進めるためには、自治体・金融機関・支援プラットフォームそれぞれの強みを活かした役割分担が欠かせません。豊岡市での取り組みでは、お互いの長所を持ち寄った三位一体の連携体制が築かれてきました。
・豊岡市:公平性と信頼性を担保する、公的な窓口として機能。地域住民へのアンケートや全域的な調査を通じた周知・ニーズ把握を担当
・但馬信用金庫:集金や融資相談といった日々の業務を通じ、事業者の本音や危機を早期に発見。決算書に基づいたリアルな財務・事業アドバイスから、成約後の資金繰り・計画支援までを一貫して伴走
・ココホレジャパン(ニホン継業バンク):事業者の想いやストーリーを丁寧に取材し、全国から「この人の事業を継ぎたい」と思わせる熱意ある継ぎ手を引き寄せるプラットフォームを提供
特に、信用金庫ならではの強みとして挙げられるのが、地域住民や事業者との距離の近さです。
信用金庫の職員は、日々の集金作業や振込のお手伝い、定期的な訪問を通じて事業者と深い関係性を築いています。商工会や行政の窓口に相談に行くことが億劫な事業者でも、「もう歳だし、そろそろ店を畳もうと思っていてね……」といった本音が、日常会話のなかでポロリとこぼれ出ることがあります。
役割分担の効果について、松原さんはこう話します。
「行政は公平性が求められるため、特定の事業者へ踏み込んだ助言はしづらい面があります。そのため、『この事業はこうしたほうがいい』『このやり方はうまくいかない』というようなことはなかなか言えません。一方、私たち信用金庫は日頃から財務状況をリアルタイムで把握しているからこそ、より実践的で事業に寄り添ったアドバイスや交渉ができます。豊岡市さんの全域調査による潜在案件の掘り起こしと、私たちの現場に根ざした伴走支援。お互いの強みを活かすことで、大切な地域の事業をより手厚く支えられると考えています」

さらに、自治体との連携において全国の自治体・金融機関が陥りがちなポイントに「複数の金融機関の協議による“お見合い”状態」があることを指摘します。複数の金融機関が集まると、公平性を意識するあまり「これはA銀行のお客さんだから」「B信金が主導しているから」と相互に遠慮が生じてしまい、案件への関与が薄れてしまうケースが少なくありません。
但馬信用金庫の場合、豊岡市との連携においては、案件を主導する立場として一定のリスクを引き受けながら、案件の発掘から条件整理、選考交渉、契約後のアフターフォローまで一貫して担う体制を構築しました。この独自のノウハウと意欲が、豊岡市での支援を大きく前進させる要因となりました。
地域の灯りを守る、伴走支援が生んだ承継事例
こうした丁寧な伴走支援により、豊岡市継業バンクからは地域に新しい風を吹き込む継業事例が誕生しています。
直近の事例として挙げられるのは、神鍋高原で30年にわたり親しまれてきた「ペンション・スモークウッド」。長年愛されてきたペンションですが、オーナー夫妻の高齢化により事業の譲渡を検討されることになりました。

ニホン継業バンクに掲載すると、全国から問い合わせが寄せられます。手を挙げたなかには、長年勤めた会社を退職し「自分の手で地域に根ざしたペンション経営に挑みたい」と強い想いを抱く都市部在住の方がいました。
しかし「脱サラ型」の継ぎ手にとって、経営ノウハウゼロからのスタートは不安がつきものです。どこから手をつければいいのか、資金繰りはどうすべきなのか、手さぐりの状態で進めることになります。
ここで、但馬信用金庫の伴走力が発揮されます。松原さんは、事業計画の策定から「冬のスキーシーズンは顧客が多いが、夏場の集客はどう組み立てるか」「月々の返済額と必要な利益はいくらか」といったリアルな数字を足もとに落とし込み、不動産仲介会社の紹介や、日本政策金融公庫などとの協調融資の手配まで、一つひとつ背中を押し続け、成約に結びつけました。
また、関係機関がワンチームで廃業の危機を救ったエピソードもあります。城崎温泉にある「足軽旅館」のケースです。

ある日、豊岡市商工会から「半年以内に廃業しようとしている事業者さんから相談を受けた」と松原さんに連絡が入りました。時間が切迫するなか、商工会、但馬信用金庫、ココホレジャパンの三者が現地を訪れました。オーナーから直接話を伺うと、「繁忙期を終えたら、もうお店を閉めるつもりだ」という想いが明かされたのです。
「ニホン継業バンクで募集してみませんか」と提案したところ、オーナーも事業承継を選択肢として前向きに考えてくれることになりました。応募開始からすぐ複数名から問い合わせがあり、わずか2ヶ月後には、但馬信用金庫が仲介者として正式に間に入って条件交渉をスタート。複雑な権利関係や条件整理をスムーズに進めたことで、歴史ある宿と地域のにぎわいを守ることができました。
継ぎ手を孤立させず、地域みんなで支えていく。そのプロセスを着実に積み重ねることが、新しい継ぎ手の安心感へとつながっています。
事業承継は「再創業」。地域の幸福度を守っていく
中尾さんもまた、日々現場で事業者や継ぎ手と向き合い続けています。一連の支援活動を通じて得た自身の気づきについて、次のように話してくれました。

「今ある事業者さんも、かつては勇気を持って一歩を踏み出した『創業者』だったはずです。事業承継というと『古いものを守る』というイメージを持たれがちですが、本質は違います。承継とは、継ぐ方が想いのバトンを受け取り、新しい『創業者』として地域で再スタートを切る営みそのものだと、私たちはとらえています」
創業、成長、承継、再創業という循環のサイクルが途切れることなく、新たな感性で磨きあげていく営みこそが、地域の企業力やにぎわいを長期的かつ持続的に保ち続けるためのカギになります。
なによりも、なじみのお店や伝統の技術が守られることは、そこで暮らす人々にとっても大きな意味を持ちます。かつて、但馬信用金庫の理事長が小規模事業者の事業承継についてこう語ったそうです。
「行きつけのお店がなくなることは、地域に暮らすひとたちの気持ちをも落ち込ませてしまう。お店が存続し、なじみの味が残ることは、地域住民の幸福度そのものだ」
便利さや効率だけを追えば、小さなお店は都市部の大型店舗やチェーン店に淘汰されてしまうかもしれません。しかし、近所のおばあちゃんが営むお惣菜屋さん、昔ながらの豆腐屋さん、みんなが集まる喫茶店……そうした小さな生業の一軒一軒が、そこで暮らす人々にとってかけがえのない居場所であり、まちの風景をつくっています。
無理に事業を残すのではなく、その事業が持つ本当の価値を深く理解し、心から「この事業を引き継いでつなげていきたい」と願う新しい継ぎ手を見つけ出すこと。
松原さんと中尾さんは、それこそが地域住民の心の豊かさと活気を守るための金融機関のミッションなのだと信じています。
民間による事業承継支援で、魅力あるまちづくりへ
豊岡市での5年にわたる実績を経て、但馬信用金庫は新しい取り組みに挑戦します。
ニホン継業バンクでは、2026年2月より自治体が導入していない地域においても、譲る側が掲載費用を負担することで後継者募集が可能となる「民間版継業バンク」を全国に開設しました。但馬信用金庫はこの「民間版」の仕組みに共感し、全国初の協賛パートナーとして名乗りを上げ、その一歩目として、姫路市と福知山市の事業者が利用できる無料掲載枠を設けました。
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展開先となった両市には、同金庫が「課題解決型店舗」として位置づける拠点があります。従来の預金や融資といった枠にとらわれず、地域の事業者が抱える本質的な課題の解決に取り組む店舗を中心に、支援の体制が整えられています。

今回の民間版での取り組みでは、単に掲載枠の費用を資金支援するだけではありません。掲載を希望する事業者に対して、但馬信用金庫の担当者が伴走してインタビューや写真撮影を行い、オープンネームで顔や想いを記事でしっかり見せることで、全国の承継希望者が安心して手を挙げられる環境を整えていきます。
第三者承継を推進するには、制度や仕組み以上に「地域や事業者を思う熱量の高い担当者の存在」が欠かせません。
「地域の宝」の事業をひとつでも多く、想いとともに次の世代へ。但馬から始まった挑戦のバトンが、これから全国に渡されることが期待されています。
