地域に農業と食文化を残したい
岡山県の南部に位置する備前福岡は、古くは一遍上人絵伝に描かれ「山陽道随一の商都」と謳われた歴史あるまちです。大河ドラマとなった「黒田官兵衛」ゆかりの地でもあり、刀剣の産地としても有名で、近年では国宝の刀剣「山鳥毛」が、地元の刀剣博物館に収蔵されたことでも注目を集めました。
その備前福岡で「五穀合鴨農法」という独自の農業技術により、地産地消と六次産業化に取り組んでいるのが、株式会社一文字の大倉秀千代さんです。
大倉さんは「身土不二(地元の旬の食品や伝統食が身体にいい)」という理念のもと、地産地消がまだ一般的でないころから、その取り組みを続けてきました。その農業技術を伝え、地域の農業と食文化を維持するため、理念に共感してくれるひとに、大倉さんの技術を承継したいと考えています。
ミシュランも認める「五穀合鴨農法」
2020年10月に発表された「ミシュランガイド京都・大阪+岡山2021」の中で、環境などに配慮し、持続可能性に積極的に取り組んでいるとして評価した「グリーンスター」に「一文字うどん」といううどん店が選ばれました。
一文字うどんは、株式会社一文字が経営するうどん店。そのうどん店の味の根幹を支えているのが、五穀合鴨農法の裏作で育てられた小麦と「五穀鴨」です。この一次産業とうどん店一体の六次産業化の取り組みが「持続可能性に積極的に取り組んでいる」とミシュランに評価されました。
無農薬農業と畜産業の両立
大倉さんの圃場は2.2ヘクタール。そのうちの0.6ヘクタールで五穀合鴨農法を、残りで無農薬農業と慣行農業(農薬や有機肥料などを使う一般的な農業)を行っています。作付けは二毛作。表(5月〜10月)で稲作、裏(11月〜6月)で麦作を行います。五穀合鴨農法では、表作の水田で鴨を飼育し、圃場の虫を食べさせること等で無農薬栽培を行っています。水田以外に休耕田でも鴨を飼育し、年間を通して出荷しており、自然に近い環境でストレスなく育った鴨は、イタリア料理店のシェフから「これはジビエだ」と言われるほどの高い評価を受けています。
地域とのつながり、みんなに支えられる農業
「農業をしていくためには、地域との関係を大切にしなければいけない」と大倉さんは言います。
除草剤を使わない無農薬農業では、雑草が生えやすく、周囲の農家に迷惑をかけてしまうこともあれば、鴨の鳴き声がうるさいと住民の方に指摘されることもあります。しかし一方では、宅地化が進む地域で田んぼを維持することが、地域の景観や豊かな環境の保持につながっていると感謝されることもあります。
大倉さんが慣行農業を行っているのも地域のことを考えてのことです。無農薬での農業は手間がかかり耕せる土地が限られてしまいます。しかし、農業の担い手が減る中、慣行農業でも農地を維持していく必要があると大倉さんは言います。農業は自然と向き合うことと捉えられがちですが、人や地域との関係も大切なのです。
一文字うどんと五穀合鴨農法の関係も同じです。一文字うどんの味を支えるのが五穀合鴨農法であるのと同じく、五穀合鴨農法にとって、一文字うどんがその価値を最大化してくれる場所であり、互いがその関係を大切にしていくことが、ミシュランの認める「持続可能性」を生みます。そのため、一文字では農業の技術取得だけではなく、うどん店で直接お客様に接してもらうことで「食」を通した地域や人の関係性も学んでもらいます。そして技術取得後は、株式会社一文字の農業部門の責任者を務めてもらうか、または、契約農家として独立し、一緒に食を通した持続可能な地域づくりに取り組んでほしいと願っています。