
市役所企画部長から農園主へ。人生後半戦に見つけた「本当の豊かさ」
北秋田市の豊かな自然の中で、黒い宝石のようなブラックベリーを育て続ける安部貞一さん。「ていっちゃん農園」の看板を背負う安部さんの人生は、決して平坦なものではありませんでした。
北秋田市役所で企画部長を務めた安部さんは、平成の大合併直後の混乱期に財政運営と予算編成の重責を担っていました。当時は無駄の排除や効率的な体制作りが求められ、安部さんはその推進のため先頭に立ち、重責を担う日々を過ごしました。

そのような環境から、58歳で早期退職を決意。市役所在職中に大型二種免許を取得していた安部さんは、観光バス運転手として第二の人生をスタートさせました。
7年間の運転手生活では、白神山地を案内する観光バスで都市部からの観光客に秋田の自然の素晴らしさを伝える日々。「これはこういう名前の花だよ、これはこうやって食べると美味しいんだよ」と車内で植物の話をするうちに、次第にお客様との信頼関係が築かれていきました。
そして、運命の出会いが訪れます。市役所を退職後に参加した卓球の試合で青森を訪れた際、参加賞として配られた小さなガマズミのゼリー。「山に入ればよく見るガマズミが特産品になるのか」という素朴な疑問が、大きな挑戦への第一歩となりました。

最初はガマズミ栽培を考えていた安部さんでしたが、偶然の縁でブラックベリーの苗木を分けてもらうことになりました。「5万円ぐらいで何十本か買ったのが始まり」と振り返るそんな小さな投資が、今では15アール約500株の見事な農園へと成長しました。
観光バス運転手時代に培った人との繋がりが販路開拓に活かされ、車内で自家製ジャムを宣伝すると、お客様から「美味しかった、送ってください」という嬉しい声が届くように。公務員時代の重圧とは全く違う、人に喜んでもらえることの純粋な幸せを、安部さんは農園で見つけたのです。
農薬不使用へのこだわりと、滑らかなジャムに込めた職人魂

安部さんが育てるブラックベリーは、棘がないアメリカ原産のソーンフリーという品種。「国内に流通するブラックベリーのほとんどは輸入物。国産の果実は大変貴重」なのだそうです。こだわりは農薬不使用・無化学肥料栽培。「虫がついても早期発見してバーナーで焼却処分します。農薬は一切使いません」と安部さん。実がつき終わったブラックベリーの枯れたつるをクラッシャーで粉砕して根元に敷き込み、自然堆肥として循環させる完全オーガニックな農法で栽培しています。


7月下旬からの約1ヶ月間が収穫期。黒く熟した実は皮が薄く、2~3日で自然落下してしまうため、毎日の収穫と即日加工が欠かせません。「ブルーベリーと違って皮が薄く、収穫してすぐ洗って加工に入らないと商品になりません」とのこと。
そして、安部さんが最もこだわるのが、ジャム作りの工程です。多くの製造者が手間がかかるため残す種を、安部さんは徹底して取り除きます。「種が入っていると舌触りが全然ダメ。絶対に種は入れない滑らかさが私の一番のこだわりです」と安部さんは話します。
さらに、防腐剤やゲル化剤などの添加物は一切使わず、ブラックベリーと砂糖だけで1時間半じっくりと煮詰めます。糖度65%以上に仕上げることで、常温でも長期保存が可能な本格ジャムが完成します。
退職後に見つけた生きがい。人を幸せにする小さな農園の魅力
現在、安部さんが年間で製造するジャムは500~700個。主に道の駅で1瓶150グラム入り700円で委託販売しています。

収穫期の短さと加工の手間を考えると「専業は難しいと思います」と安部さん。しかし、冷凍保存を活用すれば年間出荷も可能で、実際に道の駅のソフトクリーム用に冷凍保存したものを卸しているとのこと。
他にも、摘み取り体験やジャム作り体験といった観光農園としての展開も期待がもてます。「販路を広げてもらえれば、どんどん作れる状態」だと話します。
観光バス運転手時代には車内で自家製ジャムを宣伝し、お客さんから「美味しかった」「送ってください」と言われることが何よりの喜び。「人に喜ばれるっていうのが一番嬉しい。これがないと生活していけないわけではないけれど、喜んでくれる人がいる限り作り続けたい」と笑顔で語る安部さん。

20年育てたブラックベリー農園とこだわりのジャムを託したい
安部さんが後継者に求めるのは、退職後の第二の人生として取り組める方、または移住者で本業を持ちながら兼業できる方です。「やっぱり退職して第二の人生という感じでやる方の方がいいでしょうね」。
ジャム作りに必要な加工場と備品(ガス台、寸胴鍋、キャップシーラーなど)は貸し出し、ブラックベリーの苗木と自宅から少し離れた安部さんが所有する3アールのブラックベリー農園の土地を譲渡または貸与。譲渡した3アールの農園に関しては「そのまま自由に使ってもらって大丈夫」とのことです。
「(安部さんの)自宅周辺の農園と、こちらの3アールの農園で慣れていきながら、加工場を借りて継業してもらえれば」と、より独立性の高い継業プランを用意。安部さんに指導をお願いしながら、自分のペースで栽培技術を身につけることができます。

ブラックベリーは根を張れば毎年出てくる多年草で、植栽から2年目には実をつけ始めます。
「簡単に増やすことができるので、増やすための苗木はいくらでもあげます」と安部さん。20年間かけて育てたブラックベリーと、添加物を一切使わない職人のこだわりのジャムを引き継いでもらうことを願っています。


加工については、来年7月更新のプレハブの加工場があり、「慣れるまでは無償で自由に使ってもらっていい」とのこと。食品衛生管理者講習の受講や保健所の許可更新は必要ですが、技術指導は惜しまず行えるよう、万全の体制を整えています。
一粒一粒が宝石のように美しいブラックベリー。その深い味わいを支える北秋田の自然が、あなたの新しい暮らしにも特別な彩りを添えてくれるはず。この美しい自然に囲まれた場所で、あなたも心豊かな時間を過ごしてみませんか。
