地元の人たちに愛されてきた温泉公衆浴場を復活。「ここに人が集まる新しい方法を考える」 | ニホン継業バンク
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2024.11.11

地元の人たちに愛されてきた温泉公衆浴場を復活。「ここに人が集まる新しい方法を考える」

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:青森県弘前市

継ぐひと:芸人・あべこうじ

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:島田真紀子 写真:秋山卓登 編集:ココホレジャパン

岩木山神社のお膝元で、人々に親しまれてきた温泉公衆浴場が休業

津軽平野に雄大な裾野を広げてそびえ立つ岩木山(いわきさん)は、人々の心のよりどころでもある津軽のシンボルだ。岩木山の周辺には、泉質の異なる大小さまざまな温泉施設が点在しており、スキー客や登山者の憩いの場となっている。東南の麓に位置する岩木山(いわきやま)神社からほど近い「百沢(ひゃくざわ)温泉」はその内の1つであり、温泉公衆浴場として長い間地元の人たちに親しまれてきた。

岩木山(標高1625メートル)は、神が宿る山と言われている

2023年9月、60年以上の歴史を持つ百沢温泉が休業した。オーナーであった地元の製菓店は複数の温泉を運営しているが、老朽化した百沢温泉は他の施設よりも維持管理に経費がかかるため、閉業を見据えて休業したという。それを知ったお笑い芸人のあべこうじさんは、その年の12月に百沢温泉を購入。2024年4月、「ハッピィー百沢温泉」として営業を再開した。

「百沢温泉が休業していると聞いて、まだ表に情報が出ていない段階で、担当している不動産屋さんに連絡をしました。次の週には見に行って、購入を決めた感じです」と、あべさんは話す。

2024年4月、ハッピィー百沢温泉として生まれ変わった

あべさんは、「R-1ぐらんぷり2010」で優勝を果たすなど、人気と実力を兼ね備えた多忙を極める芸人だ。神奈川出身のあべさんと青森の繋がりが生まれたのは、テレビ番組がきっかけだった。青森朝日放送の情報バラエティ番組『夢はここから♡生放送 ハッピィ』(毎週土曜日9:30から放送)の司会を務め始めてから、12年間、青森に通っている。

「『ハッピィ』で毎週青森に来るようになって、青森にはいい温泉がたくさんあることを知りました。購入を決めたのは、元のオーナーさんから『温泉はまだ出る』と言われたからです。買えば自分の温泉じゃん、いいじゃん!っていうノリだったんですよ」と、あべさんは笑う。

あべさんが改修し、再び温泉に入れるようになった(画像提供:ハッピィー百沢温泉)

ところが、話はそれほど簡単ではなかった。元のオーナーが閉業を考えた理由は、大きく3つある。1つは施設の老朽化。2つ目は人手不足。そして3つ目は、燃料費の高騰だ。

「他にもいろいろ温泉を運営している中で百沢温泉を休業したのは、ここの温泉成分が強くて、配管清掃にものすごく手間がかかるからなんだそうです。人件費や維持費が、他の温泉と比べて余計にかかるんですよね」

経営が苦しくなった背景には、時代の変化もある。「昔は湯治場として栄えていて、湯治用の別棟があったんです。湯治に来て別棟で宴会して、そのあとスナックで飲んで…って盛り上がったようです。今はそういう時代じゃないですからね」

湯治場が栄えていた頃は、敷地内でレストハウスとスナックも営業していた

老朽化した設備を大規模改修、DIYも

ここから、あべさんの大奮闘が始まった。老朽化した部分や危険な箇所を確認し、地元の業者に改修工事の見積もりを出してもらった。その金額が予想以上に高額だったため、DIYでできる箇所は、ボランティアを募って自分たちの手でリノベーションすることに。

「脱衣所の壁に珪藻土を塗ったり、床を張り替えたり、ロビーやホールの広い床も、業者さんに手伝ってもらいながら自分たちで張り替えました」

ホールの床は、あべさんがボランティアの人たちと一緒に張り替えた

約3カ月かけて行ったDIYで、ボランティアの人たちにも温泉への愛着が生まれたという。「一生懸命作業したあとは、みんなに温泉に入ってもらって、ジュースを配って。完成したあと、『ここ、オレ塗ったんだぜ』なんて自慢し合ったりね。面白そうだと思ってDIYやってみたら、予想以上に楽しかったです」と、あべさんは振り返る。

改修によって新たに生まれたものもある。

購入した当初、男湯と女湯の間には床から天井まで繋がる大きな塔があった。内側は空洞で、屋根の雪が塔の中に流れ込むようになっていたが、内側の鉄骨が劣化しており、いつ崩れるか分からない危険な状態だった。しかし、塔を全て撤去するには莫大なお金がかかることが判明。

あべさんは苦肉の策として、塔を半分残す形で補修し、上に天窓をつけて日が差し込むレイアウトを考えた。

中央の白い円柱状のものが、半分の高さに改修した塔(画像提供:ハッピィー百沢温泉)

新たに生まれ変わったこの塔をモチーフにして、「どんちゃん」「どんこちゃん」という新しいキャラクターが誕生。可愛らしいキャラクターをTシャツやポスターにして、ロビーの売店で販売している。

下段の中央にあるのが、どんちゃん・どんこちゃんポスター

昔ながらの温泉に、新たな集客の方法を考える

百沢温泉のキャッチフレーズは“神様と一緒に入れる温泉”で、昔から、岩木山神社の神様が入りに来ると言われているのだそう。

「お爺さんが温泉に入っていると、若い女性が入ってくるんだそうです。『あ、神様だな〜』と思ってそのままお湯に浸かっていると、気がついたら女性がいなくなっている、というようなことがよくあったんだそうですよ」と、地元の人から聞いた話を教えてくれた。

百沢温泉を購入する際、元のオーナーから「こうしてほしい」という要望は特になかったという。だから、あべさんは「継ぐというより、ここに人が集まる新しい方法を考えた」と話す。

2021年に青森県に移住した芸人仲間のOGAさんを住み込みの支配人として呼び寄せ、清掃を始めとする日常の業務を任せることにした。また、別の芸人仲間の発案で、車中泊ができる「RVパーク」を敷地内に整備。

また、ホールを使って音楽ライブやトークライブなどのイベントも企画・開催している。

電源を整備した「RVパーク」。「ここに関わる皆が、やりたいと思うことをやってくれれば」とあべさんは考えている

客室の布団は、家で使っていない布団を地域の家庭から寄付してもらい、地元の業者さんが打ち直してくれたという。「合計で30組もの布団が集まって、それを無料で打ち直してもらったんです。そういうご厚意が本当にありがたい」と、あべさんは笑顔を見せる。

さらにその布団屋さんが、布団を活用した可愛らしいキッズスペースも作ってくれた。

子ども連れのお客さんに喜ばれているキッズスペース

公衆浴場としての収入の壁を、斬新なアイデアで越えていく

「ただ温泉があるだけで儲かるわけじゃないんです」。あべさんも購入後に知ったそうなのだが、百沢温泉は公衆浴場として許可をとっているため「公衆浴場法」が適用され、入浴料の上限が決められている。

「だから温泉の収入だけでは限りがあるんです」

そこで、あべさんは温泉水を使った化粧水やシートマスクの開発を行い、来年には販売をスタートさせられるよう準備を進めている。また、近くにある一軒家ホテルとコラボしてBBQ大会を開催したり、近くの温泉旅館の朝食バイキングでご飯を食べられるようにしたり(要予約)、周辺の施設を巻き込みながら温泉と食を楽しめる企画も考えた。

お客さんにもっと気軽に立ち寄ってもらえるよう、弘前市内からタクシーに相乗りしてお手頃な料金で温泉まで来られる「ご機嫌になるHAPPYタクシー」という乗合プランも、弘前のタクシー会社とコラボして設定した。

さらに、昔の湯治棟を改修して、ワーケーションができる部屋を8つ整備。いずれは、以前スナックだった店舗をカフェとしてオープンし、そば粉を使ったスイーツを提供したいとメニューの開発も行っている。

あべさんが考案したオリジナルキャラクターのカードを、市内のコンビニで販売。「集めて楽しんで」と話す

「大変」って言ってるけど、実は楽しい

地元の常連さんの中には、百沢温泉が休業していた間に体調を崩してしまった人もいた。「温泉に入れない間に足腰の調子が悪くなってしまった人から、『再開してここに通うようになってまた歩けるようになった、復活してくれて本当に良かった』って言われた時は嬉しかったし、この先も頑張っていかないと、と気が引き締まりました」と、あべさん。

あべさんが継いで営業を再開してから、これまでの常連さんだけでなく、遠方から足を運んでくれるお客さんも増えた。

「岩木山神社には、毎日たくさん人が来るんです。その人たちにも立ち寄ってもらえるように、ここを知ってもらうことが大事」と話す

芸人としての仕事も多忙な中、温泉に関するさまざまな取り組みを進めるあべさんに「大変じゃないですか?」と聞いてみたところ、「同時にたくさんのことをやるのが性に合っているんですよ」という答えが返ってきた。

「お笑いのネタを考える時も、7つくらいの設定を同時に作っていくと、最終的に3〜4本、内容の濃いものができるんです」。それが、あべさんのスタイルなのだ。

「同時にいろんなことを走らせているうちに、それが繋がっていくんです。そういうのを面白いと思う人がまた集まってきて、さらにやりたいことが広がっていく。だから、楽しい。『勉強してない、やばい』って言いながらしっかりテスト勉強してるみたいに、『大変ですよ、もう』って言いながら、実はめっちゃ楽しいです」と、あべさんは笑う。

「今後は、田舎で過ごすということの大事さを伝えていきたいです。例えば、自分が芋掘りをしてみてすごく楽しかった、とか、田舎のおばあちゃん家で川下りしてみたら最高だった、みたいな体験を発信することで、何か伝わればいいな〜と思うんです。

あと、私、実はたくさん資格持っているんですよ。バランスボールインストラクターとか、産後指導士とか。そういう資格を生かしたスクールを、ここで開催したいですね。田舎で合宿しながら、っていいじゃないですか」と、あべさんの夢はさらに膨らんでいく。

田舎であることを逆手に取った新たな取り組みが、地域を巻き込みながら、これからも「ハッピィー」を生み出し続けていくのだろう。


継いだもの:温泉公衆浴場

住所:青森県弘前市大字百沢字寺沢290-9

TEL:0172-88-9321

ホームページ:https://happyhyakuzawaonnsenn.jimdosite.com/

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