代替わりと同時に事業承継。「閉店」と「新規開店」の苦労を乗り越えて | ニホン継業バンク
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2024.03.04

代替わりと同時に事業承継。「閉店」と「新規開店」の苦労を乗り越えて

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:秋田県北秋田市

継ぐひと:シード株式会社 中嶋俊輔

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:島田真紀子 写真:秋山卓登 編集:ココホレジャパン

子どもたちのスポーツライフを支えてきた、唯一の店

JR鷹ノ巣駅前にある商店街の一角にたたずむ「タナカスポーツ(有限会社タナカスポーツ)」は、秋田県北秋田市内唯一のスポーツ店だった。

創業は昭和47(1972)年。秋田県の中でも、特にスキーと野球が盛んな土地柄である北秋田市にあって、スポーツ用品の販売はもちろん、定期的なメンテナンスのニーズにも細やかに応えてきた。また、市内の体育施設の備品整備、小・中・高校の学校指定体育着や運動靴の販売など、地域密着型スポーツ店としての役割も大きかった。

創業者である田中三夫さんは、メンテナンスやスポーツ用品に関する相談といった“御用聞き”的なサービスを大切にし、市民のスポーツライフに寄り添うことを信条にしていた。

時代が移り変わり、ECサイトの普及や人口減少、少子化などといった要因が重なって商品の売上額が減少していく中でも、田中さんのそのスタンスは変わらなかった。

自身が高齢になり、事業継続への不安が出てきた2014年ごろ、田中さんは北秋田市商工会へ事業承継の相談に赴いた。

今の時代はオンラインで何でも購入できるが、用具のメンテナンスや修理、細やかなケアは、実店舗があるからこそできることだ。特に、部活をしている地元の子どもたちが、ラケットのガット張りやスキーのメンテナンスのために、車で30分から1時間かけて隣の市まで行かなければならないのは大変なことである。

その後、コロナ禍による売上の低迷と自身の体調悪化で、田中さんが本格的に事業承継を決めたのは2021年秋のことだった。

相談を受けた北秋田市商工会は、譲渡の候補先として2社を提案。そのうち1社は、スポーツウェアの製造を主な生業とし、北秋田市に本社と縫製事業部を置くシード株式会社だった。田中さんが「地域密着企業で、スポーツ関連の事業を行っているシード株式会社へ譲渡したい」と希望したことから、承継に向けて動き始めた。

代替わりと同時に事業承継

田中さんの意向を受けて、北秋田市商工会はタナカスポーツの現状と承継の要望をシード株式会社に伝えた。当時の社長・中嶋誠さんは田中さんと旧知の仲だったこともあり、「前向きに検討したい」と返答。

1997年に創業したシード株式会社は、その頃、創業者である誠さんから2代目である俊輔さんへの代替わりを予定していた。

「小学生の頃から大学までずっとスキーをしていたので、子どもの頃はタナカスポーツに行っていました」と俊輔さん

当時の心境について、俊輔さんはこう話す。

「個人的な気持ちを言えば、代替わりした初年度は自社の経営安定に専念したかったです。でも、タナカスポーツの状況を考えると待ったなしでした」

さらに、「長年、地元でスポーツジャンルの筆頭として頑張ってこられたタナカスポーツが閉店し、市内にスポーツ店が1軒もなくなるのは寂しいことだと思いました。同じくスポーツを生業にしている会社として、地元の子どもたちのためにも、引き受けようと考えました」と振り返る。

タナカスポーツとシード株式会社の双方が前向きな意向を示したことを受けて、秋田県事業承継・引継ぎ支援センターの支援も受けながら、事業承継に向けた交渉を商工会がサポート。俊輔さんは「譲渡対象資産の選定や譲渡価格の交渉、事業譲渡契約書の作成支援など、法律面も事務手続きも丸ごとサポートしてもらいました」という。こうして2021年11月、タナカスポーツからシード株式会社への事業承継が完了した。

シード株式会社の本社工場内。生地に柄をプリントする大きな機械が並んでいる

シード株式会社の主な事業内容は、都内近郊のスポーツブランドから依頼を受けたスポーツウェアや、各種スポーツチームのユニホームの製造である。最近ではランニングウェア「DVELOP.(ディベロップ)」など、自社ブランドの開発・製造も行ってきた。

タナカスポーツから受け継いだ小売業は、シード株式会社にとって新規事業となる。これまでタナカスポーツを利用していた顧客の利便性を考え、元のタナカスポーツの店舗に近い本社工場を大規模改修し、小売店舗「シードスポーツ」を2022年4月に新設した。陳列棚やレジの設備等はタナカスポーツから引き継いだ。

2021年11月に事業承継し、新店舗のオープンは翌年4月となった

また、タナカスポーツが行ってきたスキーのメンテナンスを継続するため、「シードスキーベース」と名付けたブースを店舗に併設。タナカスポーツ時代からのベテランスタッフを1人、スキーチューンナップ専属の従業員として招き入れた。

屋号を変え、ゼロからのスタートに

新店舗オープン時の写真。左がタナカスポーツの田中三夫さん。(画像提供:北秋田市商工会)

2021年11月に事業を承継し、5ヶ月後の小売店オープンに向けて準備を進める中で、俊輔さんは予想外の事態に直面することとなった。「事業そのものは引き継いだのですが、屋号も立地も変わったため、仕入れ先からの与信がゼロになってしまったんです」

業者が全部離れ、なんと商品を仕入れることができなくなってしまったのだ。「ここ数年、全国的にスポーツ店の廃業が続いているので、メーカーさんも問屋さんも商社さんも、新規の取引開始にかなり消極的なんですよ」と苦笑いする。

タナカスポーツ時代、仕入れの半分以上を占めていた大手スポーツメーカーからも、取引を断られてしまったという

4月にオープンを控えているのに、業者さんとの契約ができず、物がない。困った挙げ句、知り合いを通じてさまざまなスポーツメーカーを探し、その中から良いと思った商品を並べての開店となった。タナカスポーツ時代の取引が復活するまでに、2年近くかかったという。

スポーツ用品は、発注してもすぐには届かない。野球のグローブなら8ヶ月前、スキーは1年前に注文する必要があるのだそう。承継してからの2年間は、取引してくれるメーカーを探して契約し、発注して、店舗に商品を並べることに必死だったと俊輔さんは話す。「事業承継したはずなのに、『閉店』と、新規の『開店』をしたのと同じくらい労力が必要でした」

苦境の中で生まれたもの、引き継いだもの

しかし、そのような苦境の中で新たに生まれたものもある。自社ブランドの野球グローブ「Growin(グローウィン)」だ。「オープン当初、『店頭に並べられるグローブがない!』ということで、自社製品の開発を急いだんです」

野球用品に関する知識と経験が豊富な店長・門脇和彦さんが中心となり、開発を行った。門脇さんは都市部の大手スポーツ店で働いていたが、いずれ地元・北秋田市へ戻りたいと考えていたところへ俊輔さんが声をかけ、シードスポーツの店長としてUターンすることを決めたという。

このようにして誕生した新たなグローブ「Growin」の魅力は、手に馴染みやすい感触の良さと、好きなパーツを組み合わせて自分好みの色合いにカスタマイズできることだ。

また、専門性の高い門脇さんだからできるグローブのメンテナンスもニーズが高い。

小学4年の息子さんもGrowinを愛用しているのだそう
「年に1回はパーツを全てバラして、フルメンテナンスすると長持ちするんですよ」と門脇さんは話す

このように新しく生まれたものがある一方で、タナカスポーツ時代から引き継いだものもある。「基本的に、お客様から要望を受けたものは継続しています」と俊輔さんが言うように、スキーのメンテナンスをはじめ、ラケットのガット張りは引き続き行い、他店で購入したスポーツ用品であってもメンテナンスや相談に応じている。スキーのチューンナップマシンは、「北秋田市地域商業等活性化支援事業補助金」を活用して新しい機械を購入。ガット張りの機械も、事業承継後に新調した。

スキーのチューンナップマシン。手前にあるボタン操作式の機械はタナカスポーツ時代のもの、奥のパネル操作式は新規導入したもの

先代の気持ちは汲んで、夢は新たに再出発

「事業を引き継ぐのは、とてもパワーが要ること」だと、俊輔さんは実感を込めて話す。「事業承継を考える時点で、その事業はトーンダウンしていることが多いと思うので、そこからV字回復させるのはとても難しいことです。これまで事業をされてきた先代の思いを汲みつつ、一旦フルリセットして、新たに出発するという意気で取り組む気持ちが必要だと思います」

このように話す俊輔さんは、“スポーツ用品に関する御用聞き”的な存在であり続けた田中さんの気持ちを受け継ぎ、継続しつつ、元々の事業であるスポーツウェア製造に加えて、自社ブランドの立ち上げなど、事業を複合的に組み合わせることで進化させてきた。

「これまでは製造からメーカーさんへの納品までが事業の中心でしたが、今回の事業承継をきっかけに、よりお客様寄りとなる小売サービスへと事業が広がりました。製造から販売までの全ての流れを経験できたことは、これからの事業に生かしていけるはずだと考えています」と、今後の展開へ思いをはせる。

開発したい商品のアイデアもまだまだあるし、自社ブランドの拡大もしていきたい。いま行っている事業のノウハウを蓄積しつつ、新たなことにチャレンジしていきたいと、俊輔さんは考えている。

最後に、地域への思いについて聞くと、「スポーツを楽しむ人が、もっともっと町に増えるといいなと思います」と話してくれた。先代である誠さんが立ち上げたボランティア団体「シードランニングクラブ」では、クラブに所属する子どもたちに競技経験のある指導者がトレーニングを行っている。また、俊輔さん自身、地元のスキーチームのコーチを務めている。

社長業をこなしつつ、週に3日は子どもたちにスキー指導をしている

シード株式会社の代表交代と同時に事業承継、スキーチームのコーチ、ランニングクラブの運営と多忙な生活を送る俊輔さんだが、「業種に関係なく地域の企業が手を取り合って、皆で地域の子どもたちを支えていきたい」と力強い笑顔を見せる。

先代の田中さんの思いを受け継ぎつつ、新たなフェーズへと事業を進化させてきたシード株式会社のような存在が、きっと、地域の未来をつくっていくのだろう。


継いだもの:スポーツ用品小売店

住所:秋田県北秋田市材木町7-30

TEL:0186-84-8235

ホームページ:https://seed-style.jp/