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2021.10.14

先代と若き起業家たちの新たな挑戦。いちご農家を継ぎ、農業と福祉の課題解決に挑むベンチャー型継業「ONE GO」

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:福岡県久留米市

継ぐひと:嘉村裕太(株式会社 ONE GO)

譲るひと:築島一典

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:栗原香小梨 写真:亀山ののこ 編集:浅井克俊、中鶴果林(ココホレジャパン

異業種同士が出会い、生まれたもの

農業業界では、たびたび慢性的な「人材不足」や「後継者不在」といった問題が取り上げられているが、この二つの問題を解決するために立ち上がった障がい者就労支援ベンチャーがある。

2020年8月、創業30年のあまおう栽培のノウハウを引き継ぐため、地元のあまおう農家と共同で設立した農業法人「ONE GO(ワンゴー)」。

彼らは、農業に障がい者雇用の場を設けることで「障がい者雇用の創出」と、農業業界の慢性的な「人材不足」と「後継者不在」の課題解決を目指す。ふるさと納税への出品や自社eコマースを利用して販路拡大を目指すなど、農業業界では画期的な取り組みを続け、成長著しい。

筑後地方の中心都市として栄え、一歩郊外に出ると九州最大の河川筑後川と田園風景が広がる自然豊かなまち、福岡県南部に位置する久留米市。

周囲をいちご畑と水田に囲まれた場所に事務所を構えているのが、今回の継業ストーリーの舞台である「株式会社 ONE GO」だ。

まったく異なる業界にいた農家と福祉ベンチャーが出会い、ともに法人を設立して継業することになった背景には、どんな物語があったのだろうか。

ふるさと納税に出品している冷凍あまおう。1ヶ月に2〜3トン出荷することもあるのだそう

農業に障がい者雇用の道をひらくため

「株式会社 ONE GO」CEOの嘉村裕太(かむらゆうた)さんは、もともと飲食店経営などの仕事をしていたが、当時、身近にいた大事な方が双極性障害(躁うつ病)になってしまったことがきっかけで、それまでの仕事を辞め、2016年に「農業」を取り入れた「就労継続支援A型事業所」を設立した。

「株式会社 ONE GO」CEO 嘉村裕太さん。1990年、福岡県久留米市生まれ

他の就労継続支援事業所を見学に行った際、「利用者の方は元気ではあるけど、黙々と内職のような単純作業を繰り返し、どこか閉鎖的な雰囲気だった」と話す嘉村さん。そんな事業所の雰囲気を変えるために、何かできないかと考えたのだそう。

「学生のころ、農家でバイトをしていたんですけど、このあたりの地域では農業がとても身近な存在だったんです。農業は規則正しく起きて、寝て、何より楽しい。利用者の方も気分が晴れると思ったんです」

障がい者就労支援の事業所を立ち上げたころ、お手伝いできる仕事がないか農家を回っているときに出会ったのが、地元でいちご農園を営む築島さんだったそうだ。

たまたま築島さんの娘さんと中学の同級生だったという嘉村さん。築島さんと時々飲みに行ったり、時期的ないちご農園の手伝いを事業所で請け負ったりと関係は続き、定期的に連絡を取り合っていたという。

出会ってから3年ほど経ったころ、築島さんから「いちご農園を継がないか」と打診があった。

左:「築島農園」先代オーナーの築島一典(つきじまかずのり)さん、右:継業した嘉村さん

「築島さんから何回か承継のお話はあったんですけど、高い技術を持ち、こだわって農園をやっていたので、それを引き継ぐのは並大抵のことではないと思いました。当初は『僕たちでは継げませんよ』と断っていたんです」

では、なぜ共同で農業法人を設立し、あまおう栽培のノウハウを引き継ぐことになったのだろうか。

「うちの事業所には就農希望者が多くいるんですけど、障がい者の方の農業の就職先はほとんどなくて、就農希望者は事業所を卒業できずにいたんです。そんなとき、昨年の新型コロナウイルス感染症の影響で、事業所で請け負う仕事が減少し、事業の再構築が必要になりました。

以前より築島さんの農園をはじめ、地域の農業の仕事を一部請け負ってやらせてもらってきたんですけど、一部分だけではなく、いつかは1から10まで自分たちの事業として農業がやりたいという思いを持つようになりました。それで、ここがタイミングなのかなと感じて、築島さんの農園を新たな事業として継いでみようと思ったんです」

障がい者雇用には、職場の環境整備など事業者の体力が求められるといわれており、個人農家が障がい者を雇用するには難しい現状がある。

部分的な農作業の請負ではなく、一貫した農業をやろうと思うようになったことと、そして「就農希望の利用者の方たちに、道をひらいてあげたい」という嘉村さんの思いとタイミングが重なり、継業に向けて動き出したのである。

30年の蓄積を活かしてもらいたくて

先代の「築島農園」オーナー。現「株式会社 ONE GO」CTO 築島一典さん。久留米市出身

「廃業することもできるけど、せっかく30年蓄積したものがあるので、それを活かして次の人にやってもらいたいなと考えていました」

と明るい笑顔で築島さんは話す。

築島さんは、もともと機械メーカーでエンジニアとして勤務していたが、思うようにものをつくれなくなったと感じ、30代半ばで農業の道へ入る。米農家だった実家の持つ土地を利用していちご栽培をはじめた。

若いころはバイク競技にも出場していたという持ち前のアクティブさと研究熱心なエンジニア気質で、緻密な土壌改良や効率的な農器具類の開発を経て、就農1年目からいちごを出荷していたというから驚きだ。

「何でも商業化していくのが基本だと考えてやってきました。昔は、周りの農家は温度管理が手動だったんですけど、うちだけは自動化していました。余った時間でほかのことができますからね」

効率化の考えはエンジニアとして働いていた会社員時代の影響だろうか。ハウス内の温度や湿度管理を行うセンサーは、「自分の思ったとおりに動かしたい」と考え、制御盤は自前で開発したという。

築島さんが開発した、いちごの色を出すために、実と葉を分けて太陽に当てるための器具「らくらくくん」

効率化や環境に配慮した生産工程が認められ、消費者や取引先の信頼を高めることにつながる、福岡県のGAP(農業生産工程管理)認定を受けた。いちご部門では、福岡県で農業大学と築島農園のみがGAP認定を受けていたという(現在は、「ONE GO」として認定取得済み)。

自治体や取引先とも信頼関係を築いていた築島さんだが、歳を重ね、体が思うように動かなくなり、引退を考えはじめたそうだ。

「3人の子どもには小さいころから手伝わせていたんだけど、継ぐつもりはなかったみたい。自分の人生ですから、強制はできないですよ。それで、当時取引をさせてもらってた嘉村くんに『いちご農園興味ある?』って声をかけてね」

「継ぐ、継がないではなく、『興味を持って農業ができるかどうか』がとても大事だと思っている」と話す築島さん。他の方には承継の話はしたことがないそうだ。そういう意味で、取引きのあった嘉村さんたちの「農業に対する思い」を信頼していたのだろう。

そんな築島さんの思いを真剣な眼差しで聞いていた嘉村さん。

「『継ぐ』決断ができたのは、何より、築島さんと一緒にやれるのが大きいんです。あまおう栽培のノウハウを教えてもらうのもそうですけど、築島さんは考えが柔軟で、今までのやり方を強制するわけではなく、新しいことにどんどんチャレンジしていったらいいというマインドがありました。築島さんとなら長く一緒にできると思ったんです」

「いろんな農園を見てきたなかでも、築島さんのやり方や姿勢が好き。築島さんだから一緒にやりたい」という嘉村さんの話からは、築島さんに対する尊敬や信頼の念がひしひしと伝わってくる。

こうして、それぞれの思いをかかえて、CEO嘉村さん、CTO築島さん、他1名の3者の共同出資による農業法人「株式会社 ONE GO」が、障がい者就労支援事業所を運営する株式会社SANCYOの子会社として設立された。

人員として、株式会社SANCYOの利用者が派遣され、技術責任者である築島さん指導のもと、農作業を行う。農地は無償譲渡で、現在法人名義に手続き中。農機具類も築島さんが使っていたものをそのまま法人として譲り受け、使用しているそうだ。

あえてSANCYOとは別法人化したのにも理由があった。一つは、ふるさと納税への出品をはじめとする独自の販売戦略をもとに、「ONE GO」としてある程度の売り上げが見込めていたこと。もう一つは、一般就労を目指す方たちの就職先になることができ、別法人化したことにより、農福連携の支援制度を利用して、自治体や国から手厚いサポートを受けることができるからだ。

来月、はじめてSANCYOの利用者が、パートタイム労働者として「ONE GO」に就職することが決まっている。「農業に障がい者雇用の道をひらきたい」という嘉村さんの思いが通じたかたちだ。

嘉村さんたちと築島さんが共同出資によって会社を設立した背景には、資金調達やリスク軽減、チームとして多様な事業を担えるという利点以外に、もう一つ理由があるという。

「築島さんからあまおう栽培のノウハウを教えてもらえることになり、農地も無償譲渡いただいて、唯一私たちから築島さんに恩返しできる方法が、会社を設立し役員として一緒に働いていただくことだったんです。役員報酬をお渡しすることもできますし、もし引退するときにはそのまま株をお持ちいただくこともできる。何より、このいちご農園の未来を築島さんと一緒に考えながら働きたいと思ったんです」

と嘉村さん。

「(役員に)なってくれっちゅうから、しょうがないよね笑」という築島さんからは、とても嬉しそうな笑みがこぼれた

周囲の農家仲間や長年付き合いがあったJA(農業協同組合)からはどんな反応があったのだろうか。

「周りからは反対の声はなかったけど、びっくりしてるんじゃないかな。JAを通じて市場に卸さなくなったからね。でも、会社として自治会費も払っているし、地域にあたたかく迎え入れられたと思います」

と、築島さん。

株式会社ONE GOは、地域の生業である「あまおう農園」を受け継ぎ、さらには農業と福祉の課題解決を目指して新たな一歩を踏み出した。

「地域や社会に新しい価値を生み出す会社」を目指して

「若い人とやっていると本当に面白いよ」と話す築島さん

「今までは妻と2人だったから、いちごを生産するだけで手一杯だったけど、会社として人員が確保できたことで、加工品生産など新しいことに挑戦できるようになりました」

そんな築島さんは「後世につないでほしいものはない」という。

継業というより、新しいことをやるつもりでやってほしいですね。自分たちで考えて新しいものをつくり出していかないと成長はないですよ。同じことを繰り返すだけであれば、成長が止まってしまうし、継業しないほうがいい

厳しい言葉にも思えるが、30年真剣に「農業」や「商売」と向き合ってきた築島さんだからこそ、つむぎ出される言葉なのではないだろうか。「変化していく世の中に合わせて、自らが変わらないと生き残っていけない」。その信念は、築島さんがこの30年、肌で実感してきたことなのだろう。

「継業のために法人を設立したことに対する評価は、最低でも5年ぐらい経たないとわからないけど、成長を止めちゃだめですよ。農業は、他の産業から見たらやれることがたくさんあると思います」

これからの会社の未来について話す嘉村さん

「いちごの生産だけをやる会社にしようとは思っていません。この1年間でもライブコマースやふるさと納税であまおうを販売したり、いちごの作付面積を増やしたりと、築島さんがやっていたころとは、販売や農園の形態が変わりつつあります。

『福岡や久留米のあまおう』じゃなくて、『ONE GOのあまおう』というブランドを確立していきたいと思っています。ブランディングだけでなく、今後も、観光農園をやったり、障害のあるなしに関わらず多様な人が働ける環境もつくっていきたいですね。どんどんチャレンジして、地域や社会に新しい価値を生み出していきたいです」

9月中旬より苗を植え付け、12月ごろより収穫がはじまる。これから繁忙期を迎える農園

機会があれば海外の市場にも進出を狙っているという嘉村さんの思いに対して、「新しいことにチャレンジしながら今の事業を着実にやっていけば、必ず海外の人にも届くと思いますよ」と後押しする築島さん。その言葉を聞いた嘉村さんも、心強そうだ。

「『ONE GO』には『いちご』という意味もあるんですけど、築島さんがこの30年で0から1を築きあげてくれたので、1から先の未来を会社として成長させていきたいという思いも込めて、この会社名にしたんです」

と、嘉村さんが教えてくれた。

先代が積み重ねてきたものも大事だが、新しい価値を生み出し時代の波に乗るためにチャレンジし続けるという、継業する上で大事な心得を教えていただいた気がする。

農業と福祉業界にとっても、ONE GOの取り組みは、農業側の課題と福祉側の課題を解決する農福連携の画期的な事例となりそうだ。

年代は違えど、あまおうの「おいしいのその先」の価値を届けることを目指す起業家たちの挑戦は、はじまったばかりである。

継いだもの:あまおう農園

住所:福岡県久留米市大善寺町

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