地域の「新しいおみやげづくりのバトン」をつなぐ、ままかRe: Project | ニホン継業バンク
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2020.05.12

地域の「新しいおみやげづくりのバトン」をつなぐ、ままかRe: Project

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:岡山・瀬戸内市→倉敷市児島

継ぐひと:藤井博人

譲るひと:浅井克俊

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:高橋マキ 編集:ココホレジャパン

ジーンズの町、児島

倉敷市。といっても、観光地としてよく知られている美観地区とはまた趣が異なる児島エリアは、瀬戸内海に面した岡山県最南端のまち。古くから海運業や製塩業、繊維業が栄え、現在も学生服・ユニフォーム・ジーンズなどの繊維産業が盛んで、とりわけ、国産ジーンズ発祥の地「ジーンズの聖地」としてよく知られている。この地に生まれ育った藤井博人さんが、8年前に36歳で創業した「オールブルー」も、ジーンズの生地を企画販売する会社だ。

鷲羽山から見下ろす、瀬戸大橋と瀬戸内の多島海の眺めは最高に気持ちがいい。海の向こう側は四国の香川県(写真提供:岡山県観光連盟)

「生地の設計書を書いて、織元に織ってもらったものをメーカーに納めるのがうちの仕事です。同業の会社に7年半勤めたあと、独立しました。35歳という年齢を機に、失敗してもいいからやってみよう、やるなら今だ、という気持ちで起業しました」

社員6人で、年商5億~5億5,000万円。世の中の市場で言えば、ファッション、ことにジーンズをめぐる状況は2015年あたりからあまり芳しくない状況が続いているのだが、「オールブルー」の事業は、代表の藤井さんが当初予想していたより順調に成長をとげてきたという。

児島には数多くのジーンズ関連企業が集積し、世界中が注目するものづくりの精神、職人の技術が、現代に脈々と受け継がれている(写真提供:オールブルー)

「事業も安定していて、会社として新しいことを始めたいと考えながら、それがいったい何なのか、どんなことがしたいのか、なかなか見つけられずにいた時に、サイトでたまたま『ままかRe: Project』の存在を知りました」

同じ岡山の事業だというのが、なにより最大の魅力だった。

岡山の人が食べない、岡山の名物

岡山を代表する魚「ままかり」の新しい可能性を探すためにはじまった「ままかRe:Project」。「ままかり」のリデザインを通して、地域の可能性を提案したいというのがプロジェクトの原点です。

ままかりは、ニシン科のサッパと呼ばれる小魚です。「まんま(ご飯)を借りに行くほどおいしい」というのが、呼び名の由来と言われる岡山の郷土料理で、酢漬けなどにして食べられるのが一般的です。

瀬戸内市は、レモン、オリーブ、マッシュルームなど、イタリア料理に適した食材が豊富なまちです。地域の食材と一緒に、ままかりも今日の食卓で楽しんでもらおうとイタリアの調味料「アンチョビ」風にアレンジした商品「ままチョビ」からプロジェクトははじまりました。

岡山県瀬戸内市継業バンク「岡山を代表する魚をリデザインするままかRe:Project」より

ままかりといえば酢漬け、という概念をやぶり、イタリアの調味料「アンチョビ」風にアレンジした商品「ままチョビ」

「ままかRe:Project」は、ニホン継業バンクを立ち上げた ココホレジャパン株式会社の代表取締役・浅井克俊さんが2014年に立ち上げた事業。東日本大震災後に、地域おこし協力隊として移住した岡山の魅力をまずはヨソモノの目で見つめてとらえ、地域資源を活かして新しい地域の仕事にしようと取り組んだプロジェクトだ。前職の音楽業界での企画・マーケティングの経験を活かし、ままかりというローカルな食文化を斬新なデザイン・切り口で商品化。メディアとの親和性も高く、新しいおみやげ、地域おこしの取り組みとして注目を浴びた。

スタート時の生産は、岡山県瀬戸内市の社会福祉施設と一緒に。その後、量産に挑戦するタイミングでは、過疎化が進む地域の遊休施設を借りて加工場に。働き手は地元の集落の女性に。あくまでもすべてにおいて「地域が主役」を貫いた浅井さんは、「最初から僕自身が長く続けるつもりはなく、地域の人の手で、地域のものとして育て、根付かせてもらえることを考えていました」という。しかし、それは、思っていた以上に難しいことだった。ニホン継業バンクをつくろうと思ったのは、「ままかRe:Projectの継ぎ手探しを通して、地域の小規模事業の継業の難しさを、身を持って痛感したからだ」と彼はいう。

自身の経験を生かし、「ニホン継業バンク」を立ち上げた浅井克俊さん。現在は岡山市内に在住

片や、藤井さんは、岡山生まれの岡山育ち。

「ジーンズをやってる人たちは特に、岡山という地域性には誇りを持ってる人が多いかもしれません。自分にも、地元のものを使い、地元の方を雇用して、地元のものを売りたいという気持ちは常にあります。でも、岡山に縁もゆかりもない浅井さんが、地域を盛り上げるためにこんなにもいろいろと努力をされてきたということにとても刺激を受けました」

と藤井さん。名産品といわれながら「岡山の人はままかりをあまり食べない」ともいわれているが、本当だろうか。「はい。僕たちの世代の感覚だと、お土産の酢漬け、というイメージですね。でも、名物って、たいていどこもそうじゃないですか(笑)。あとは、ばらずしに入ってるくらいですかねぇ」

身がしまっておりサッパリとした味わい。酢〆は、かつては「光もの」として江戸前寿司でもネタにされたといわれるが、それも戦前までのはなし。サイズが小さいゆえに、皮を剥ぎ、三枚におろすのがとにかく手間なのだ。ままかりに限らず、野菜も魚も、小さくて下処理に手間がかかる食材は、戦後の「流通の合理性」という大波に飲み込まれ、ほとんど市場から姿を消してしまった。

挑戦しないと成長しない

2019年3月、生産効率の低さから自社での事業継続が難しいと判断した浅井さんは、事業を縮小し、瀬戸内市以外でも譲渡先を探しはじめる。期限は1年後の2020年3月末。それまでに譲渡先が見つからなければ廃業することを決めていた。

M&Aサービスに片っ端から登録し、地銀や商工会、事業引継ぎ支援センターに相談するも、なかなか継ぎ手は見つからなかった。M&Aは「匿名」が基本だが、事業の魅力をしっかりと伝えなければいい継ぎ手は見つからないと、事業名・内容をできる限りオープンにして、会社、個人でも積極的に譲渡先を探していることを発信した。

「僕自身は写真や文章をWEBに入力したり発信することに慣れているし、苦ではなかったけれど、地域の高齢な経営者が自分の手でこういったことをできるとは思えないんですよ」

既存のM&Aサービスで地域の小規模事業は救われない、あるいはこぼれ落ちてしまっているのではないか、と考えるようになった。

そんな状況のなか、「ままかRe:Project」が事業の継ぎ手を探していることを知った藤井さんから連絡が入ったのは、2019年の夏。なかなかいい譲り先と巡り会えずにいた浅井さんだったが、藤井さんからのラブコールに、何度も「大丈夫ですか?」と念押ししてしまったという。

「業種も違うし、きっと大変だし、やめといたほうがいいですよと、初めはかなりネガティブな方向で話をしました。異業種の藤井さんが継ぐとなると、結局、僕と同じような苦労をすることになるんじゃないかと思ったんです」

解決すべきボトルネックは、「安定した仕入れ」「手間がかかる一次加工(魚をさばく)の手配」。ローカルにこだわるあまり、市場を介さず地元漁師から直接仕入れを選択していたため、ままかりを安定して仕入れることがとにかく難しかったのだ。藤井さんも同じところで苦労することになるのだが、この最大の課題を、ひたすら地道な方法で解決に導いた。

「魚だからまずは鮮魚屋とか、とにかく思いついたところにどんどん連絡していく。イエローページを見て、片っぱしから連絡したこともありました。調べて、人の話を聞いて、ダイレクトに電話をかけて。とにかくこの繰り返しですよ。初めは失敗するのもあたりまえだと思って、まずは自分でやってみるんです」

何度「大丈夫ですか?」と念押しされてもあきらめなかった藤井さんが、淡々とふり返る。まったく知らない世界であることに臆せず、失敗をおそれず、ストレートに課題に切り込んだ格好だ。その結果、岡山に限定せず、選択の範囲を瀬戸内エリアに広げたことで、香川県に条件の合う加工所が見つかった。「電話をして、その日のうちに話をうかがうため、現地に赴いきました。岡山の市場に上がったものをリクエストし、仕入れから一次加工までをここにお願いしています」。県も超えるし海を挟むが、瀬戸大橋を渡れば、児島から香川までは車で約30分の距離。

ままかりは体長12センチ程度と小さい。これを1匹ずつ三枚におろす手間がとにかく大仕事なのだ

「岡山にこだわりすぎて、僕がまったく見逃していた死角でした。たった半年足らずの間に、最大のボトルネックをクリアされてきたので、これは本当にすごいな、と思った。同じ経営者として信頼することができたし、彼になら安心して譲れる、と胸をなでおろした瞬間でしたね」と、その手腕を称える浅井さん。無事に2020年4月1日をもって事業譲渡の契約が成立した。プロジェクトの商品名と製造方法、パッケージング(デザイン)、さらに販路情報もすべて譲り、その他「僕で役に立てることならなんでも」しばらくは伴走することを約束している。

岡山の新しいおみやげとして

児島の「オールブルー」本社近くの古い家屋を改装して製造所とし、調理師資格を持つ専属社員を1名雇用した。浅井さん立ち会いのもと、半日かけて以前のプロジェクトメンバーから製造工程を実地で教わる。塩漬けから瓶詰めまですべてていねいに手作業で行うので、細かいコツのようなことがたくさんあり、こまめにメモを取りながら身体で覚えていく。レシピだけでなく、使い勝手のよい調理道具、ちょっとした工夫、鍋のサイズ、モノによっては「あの店で買うと安いのよ」という細かい情報も飛び交ったり、「ここの手間を惜しむと、必ず失敗してしちゃうから気をつけて」といった経験談もたのもしい。

塩漬けから瓶詰めまで、細かな作業をすべてていねいに手作業で行う

製造メンバーのがんばりが実って、予定通り2020年4月15日より、主力商品の「ままチョビ」ほか、「ままチョビフレーク」「ままニャカウダ」「まままっシュルーム」の4種を販売開始。

ままチョビをベースに、ニンニク、カシューナッツなどを加えると、バーニャカウダ風ソースに。温野菜にディップするだけでごちそう感が増す

「いまだにわからないことのほうが多いので、日々、新しいことを勉強中です。現状は、浅井さんから引き継ぎがせていただく販路にきちんと納めること。お取引させていただいて、収益がちゃんと見えた段階で事業を拡大していきたい。私たちにとっては、食品かどうかということは関係なく、このタイミングで新しいことに挑戦できるということに、期待をふくらませています」

たとえば、ノベルティを作るといった、アパレルならではの展開もぼんやりと考え始めてはいるという藤井さん。「でも」と、ゆっくり、強く、ことばをつなぐ。

「自分で事業を始めたときとは違って、やっぱり、浅井さんたちの「気持ち」も一緒に引き継いでいかなければならないと思っています。だから、自分の恣意的な解釈で展開するより、はじめは受け継いだものをより大きくすることにちゃんと注力したいです。気持ちを完全に無視したら、事業承継はできない

まずは地元、岡山の駅ナカや百貨店、東京は新橋の「とっとり・おかやま新橋館」から販売をスタート。緊急事態宣言さなかのリリースとなり、スロースタートとなってしまったが、東京に先がけ、地元の天満屋岡山本店は5/11(月)から営業再開が決定した。

「新しい岡山の名物になれば、最高だと思います」

ビールや日本酒、ワインなど、どんなお酒とも相性がいい。パスタに混ぜても、お茶漬けにしてもいい。甘いものはちょっと苦手、という方への手みやげにはもってこいだし、このかわいい瓶詰めが久しぶりに店頭に並ぶのを喜ぶファンも多いだろう。

ニューウェーブとして、そして将来的には定番として「岡山といえば」のおみやげの仲間入りができること。地元の岡山で働く人、関わる人が増えること。それはつまり、今よりちょっと、地域が幸せになるということだ。


継いだもの:新しいおみやげ

株式会社オールブルー

住所:岡山県倉敷市児島下の町6-9-22

TEL:086-441-5908

ままかRe:Project HP

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