時代の変化を見てきた印鑑店が、次なる変化に向けて事業承継を決意
太田印房が創業されたのは明治28年(1895年)。その年、弘前では、まちの象徴であり、後に国の重要文化財に指定される『弘前城』が『弘前公園』として一般公開されました。
その後、弘前公園は桜の名所として知られることとなり、「弘前さくらまつり」は、平成29年(2017年)に100回目を迎え、太田印房は三代目へと引き継がれ、創業128年を迎えました。
太田秀穂さんは、印章彫刻技能士として55年のキャリアを積み、数々の賞を受賞した名匠です。日本の文化である印鑑の価値と技を現代に伝え、積極的な宣伝活動によって津軽地域での認知と販路を拡大してきましたが、年齢と後継者不在から事業の承継を考えるようになりました。
おりしも、個人認証や電子署名技術の発達により、印鑑の在り方が大きく変わろうとしているときでもあります。
津軽地域での認知度は抜群
名匠と聞くと、職人堅気で商売っ気がなく、ひとり黙々と仕事に打ち込んでいる…というイメージを持ちがちですが、太田さんは少し違うようです。
「新聞やラジオ、テレビで積極的に広告を出してきたので、認知度はとても高いと思います。商圏は弘前市だけではなく津軽全域です」と太田さん。技の鍛錬だけではなく、経営者として事業の拡大にも努めてきました。
売上は6割がゴム印や認印で、病院や学校、行政施設などの法人も多いとのこと。もちろん太田さんの技術を求めるお客様も多く、手彫りの印鑑の売上は4割ほどを占めますが、印鑑以外の本人認証が増えていく中、個人の印鑑需要は減っていくだろうと太田さんは考えています。
一方で、ゴム印や認印の需要は堅調です。また、その周辺の商材として文房具、封筒や名刺などの印刷物、レーザー彫刻をつかった表札や名入れなどの需要もあり、認知度を活かしてさまざまな仕事を受注しています。
家族や従業員とも相談し、事業譲渡を選択
太田印房の従業員は現在3人。ゴム印・印刷の制作担当者が1名、レーザー彫刻の職人が1名、営業が1名。全員が今の仕事を続けたいと考えています。
太田さんの技術の承継は一朝一夕にはいきませんが、従業員と太田印房の屋号を承継すれば、津軽地域での認知度と販路をスムーズに承継することができます。
太田さんも雇用を引き継いでくれるのであれば譲渡価格は最低限で構わないと考えています。
現在の事業所は、1階が店舗と工房と倉庫、2階が太田さんの自宅となっています。1階部分のみを賃貸することも、土地建物の譲渡も相談可能です。
それ以外の主な資産としては、象牙などの在庫、電子彫刻機、印鑑彫刻機、レーザー機の設備があります。
本人認証技術の発達や承認方法の変化により印鑑の需要は大きく減り、今後、需要が回復する見込みはないように思えます。しかし、そのような市況にあっても、技術だけに頼ることなく、認証・承認以外の需要を取り込んできた太田印房は、津軽地域でたしかなマーケットを築いてきました。これは太田さんの匠の技と同様に、一朝一夕では得られない太田印房の事業価値です。その148年の歴史と経営資源を引き継ぎ、弘前市で末長く事業を営んでくれる方からのご応募をお待ちしています。