
「飲食店が少ない」という市民の声から始まった食堂
北海道芦別市の市民会館の1階に「東京食堂」という看板が掲げられています。
店主の佐藤法正さんは、西芦別町で生まれて10歳まで過ごしていましたが、札幌市や千歳市など道内を転々とした後、東京へと渡り約40年、関東圏で過ごしてきた料理人です。

「東京にいた頃、何人もの地元の知人から手紙や電話をいただいていました。『芦別には食べるところがない』と。それで2~3度、足を運んでみたんです」
実際にまちを歩いてみると、それまで様々な人から話を聞いていたように、コンビニはあっても食事ができる店がほとんど見当たらない状況でした。
2019年、およそ55年ぶりに芦別へUターンした佐藤さんは、これまでの経験を活かし、そして“まちのためにも”という思いから飲食店を開くことを決意。
開業する店舗探しを始めましたが、なかなか思い描くような物件に巡り会わず、家族とも「そろそろ諦めようか」と話していた矢先、市役所から1本の電話がきます。それまで市民会館で喫茶店をしていた場所が空き、入居者を募集しているという知らせでした。
2020年8月、市民会館の居抜き店舗で「東京食堂」をオープン。以来、「家族団らんでおなか一杯に笑顔で語らえる食堂」をコンセプトに、市民や芦別市に訪れる多くのお客さんにボリューム満点の料理を提供してきました。
関東で40年。料理人として歩んだ道のり
佐藤さんが料理の世界に入ったのは1974年、18歳の時でした。
「料理人だった親戚の紹介で、札幌のススキノのど真ん中で修行を始めました」
先輩職人がいる店で基礎を学び、5年後には千歳に開業するというホテルから勧誘があり千歳市に移住。さらに腕を磨いていると、別の老舗ホテルの社長から声がかかり、千歳空港内の飲食店で働くことになりました。
道内で経験を積み、いよいよ独立を目指し、札幌で店舗を開こうと思っていた佐藤さんですが、当時の社長から「東京に20〜30店舗展開したい。あなたに任せたい」と言われ、急遽東京へ。その後、新宿、新橋、銀座、横浜など、関東圏の複数店舗で料理長として腕を振るいました。
能力が評価され、様々な人からの勧誘で道内・東京へと移り渡り、料理人として順調に歩んできた佐藤さんですが、「ただ狭い調理場の中で『俺はすごい』と肩で風を切っているだけではダメだと、思い立ったんです」と、突然、外資系保険会社の営業マンとして働きはじめます。
スーツに下駄という独特のスタイルで営業成績も良かったとのことですが、転職した本当の理由は都会に集積する多様な食文化を学ぶため。
「営業マンの格好をしてたら、お店や料理をじっと見ていても別に怪しまれないと思ったのがきっかけです」
関東圏のあらゆる飲食店を回り、食文化と提供の仕方、お客さんの様子を観察し続けました。佐藤さんが作る料理は、このように食への深い探究心から形作られています。
「東京食堂」に込めた想い
店名を決める際、いくつか候補はありましたが、開店1ヶ月前、ふと思いついたのが「東京食堂」でした。
「子供の頃、東京は大都会で行くこともなければ見ることもない、憧れの場所でした。そこで約40年間、たくさんの人と出会って、知恵や知識をいただいて、育ててもらいました。その恩返しを芦別で形にしようとしたら、東京食堂という4文字になったんです」

また、”レストラン”ではなく”食堂”という名称にこだわったのにも理由があります。
「東京食堂の『食』という字を見てください。人に良いと書くんです。食べ物は、人が生きる力・命であって健康を保つもの。芦別の歴史を作ってきたおじいちゃん、おばあちゃんたちにそんな生きる源を提供する場が食堂なんです」
芦別なのに「東京食堂」。そこには、これまでの土地や文化に敬意を示し、いま目の前にしているお客さんの健康や笑顔を1番に考える、佐藤さんが大切にする経営の姿勢がこの名前に込められています。
ボリューム満点。お腹いっぱい、心も満たす料理
看板メニューの天丼は、通常よりも一回り大きな丼を使い、野菜と海老を中心に山盛りに盛り付けます。
「お客さんに『天丼できました』と提供すると、『うわ、何このボリューム』って驚かれるんです。SNSでも口コミ・情報拡散をしていただきました」

その他、定食をはじめ、海鮮丼、ハンバーグといったメニューも同様にボリューム満点。たっぷりのご飯とおかず、小鉢を添えて、お腹いっぱいになる量を提供しています。

また、佐藤さんは必ず3回、お客さんに声をかけます。「いらっしゃいませ」「お口に合わせて必要な調味料があったら言ってくださいね」「ありがとうございました。また芦別に来ることがありましたらお待ちしています。次来るときは、3日前から何も食べないで腹をすかしてきてね」。
笑顔で帰っていくお客さんの姿が、佐藤さんの喜びです。
現在のお客さんは、芦別市民だけでなく、札幌、旭川、岩見沢などから訪れる常連客も多数。口コミやSNSで広がり、全国から訪れる人もいます。
また、店頭での受け渡しのみですが、弁当の注文も受けており、平日以外でも注文があれば対応しています。
少ない初期投資でスタート可能
譲渡するのは、厨房機器一式(ガスコンロ、冷蔵庫2台)、食器類、備品、そして東京食堂という屋号とレシピ。譲渡価格は50万円です。佐藤さんは、想いのある東京食堂という暖簾を残してくれる方に譲りたいと考えています。
「東京食堂の名を残したい。そして料理と想いも引き継いでほしいですね」

現在は、市民会館の1階で営業しています。この場所は、市の施設であるため、引き続き同じ場所で営業を続ける場合は、使用許可の申請が必要となります。
レシピについても佐藤さんから伝授いただけます。ある程度の料理経験があれば1週間から10日程度で習得できます。
初期投資を抑えながら飲食店経営をすぐに始められるという大きな利点があります。
あったかいものをお腹いっぱい食わさせてほしい
1956年生まれの佐藤さん。一見するととても元気そうですが、足腰は弱くなってきており、芦別に戻ってきてから4〜5回ほど胃潰瘍も患っているとのこと。
そんな状態を考慮し、現在、東京食堂の営業時間は平日の11時から13時までの2時間のみです。
「妻にも忙しいときには手伝ってもらっています。あとはアルバイトが1名という体制でなんとか営業を続けてきました」
限られた営業時間で、1日の売上は1万5000円ほどですが、飲食店の少ない芦別市では、土日や夕方・夜営業をすることでまだまだ売上も見込めます。
店を閉めることを本格的に考え始めていた佐藤さんですが、いま来ているお客さんに申し訳ないという思いから、後継者の募集を決意しました。
かつて『芦別には食べるところがない』と言われて店を開いたように、高齢者や共働き世帯などが気軽に訪れることができる飲食店が今でも必要とされています。
東京食堂が担ってきた地域の需要とお腹を満たしてくれる、心意気のある方からの応募をお待ちしています。
「市民のため、地域のため、東京から来る人たち、お世話になった人たちのため。あったかいものをお腹いっぱい食わさせてほしい。これが東京食堂の店主としての私の気持ちです」


