
捨てるものを宝に
北秋田市の阿仁地区には、かつて全国から注文が殺到したワインがありました。原料は、猫が好むことで知られる植物「またたび」。当時はほとんど価値のないものとして扱われていた実です。
その実をワインに変えてしまったのが「阿仁またぎ総合物産」の店主、小林勲さんです。

阿仁地区の国道沿いにある「阿仁またぎ総合物産」は、またたびワインや熊肉などの酒、郷土みやげ品を扱っていた店で、地元での呼び名は通称「パンダの店」。(現在は酒類小売業免許を返納しているため、お酒の販売をしていません)
この店で、小林さんと仲間たちは夢を語り合っていました。

「またたびを、阿仁の1億円産業にしよう」
誰も見向きもしなかった山の実から始まった挑戦。
なぜ、小林さんは「またたび」に目をつけたのでしょうか。
またたびワインで村おこし
小林さんの挑戦は、昭和の終わりにさかのぼります。
地域の素材を特産品として磨き上げ、地方を元気にしようという一村一品運動が全国に広がっていた時代でした。当時、阿仁町の商工会事務局長だった小林さんも、阿仁町商工会として「むらおこし事業」を実施し、特産品の開発と観光資源の掘り起こしに取り組みました。
小林さんが目をつけたのは、地元の山に自生するまたたびの実。試作・製造などを酒造メーカーや山梨県のワインメーカー、県内のワイン工場に依頼。ビタミン類や疲労回復に関わる成分を含むとされる植物ですが、猫にあげる以外にほとんど価値のないものとして扱われていました。小林さんは誰も見向きもしていなかったものに光を当てたのです。

ところが完成したワインを前に、最初の壁が立ちはだかります。酒税法の規制により、自分たちで自由に販売することができなかったのです。
「町を盛り上げるために作ることしか、考えていなかった」
そう笑う小林さんの言葉には、当時の情熱がにじみます。
その後、販売できる場所をつくろうと動き出しましたが、地元の酒販店からは「競合が増えると困る」という声も。そこで小林さんたちは、阿仁合の街中を避けた国道沿いの空き店舗に直売店を構えることを決めます。そこはかつて、そば屋だった建物です。

こうして1993年(平成5年)、小林さんは商工会を辞し、仲間2人とともにまたたびワインを販売する店「阿仁またぎ総合物産」を設立しました。
結果は圧倒的な成功。またたびワインは評判を呼び、全国から注文が入るようになります。年間5,000本以上、最大で1万本が製造されましたが、発売するとわずか2〜3か月で完売しました。

平成を走り抜けた挑戦
小林さんは、またたびワインだけで満足する人ではありませんでした。面白そうだと思えば、すぐに動く。そんな人です。
またたびの葉を使ったお茶を開発し、地元の小売店に納品。

さらに、またたびを使ったボディソープまで商品化。地元の温泉施設に卸し、温泉に入浴しに来た地元住民や観光客に喜ばれていました。
挑戦はそれだけにとどまりません。地ビールにも取り組みます。
店の近くを流れる川の上流、名瀑「安の滝」の水をビール醸造所まで運び仕込んだ「安の滝ビール」です。

小林さんの行動力は、店づくりにも表れていました。
現在は飲料の自販機だけが残っていますが、以前はうどんやそばの食品自販機も置かれていました。24時間、旅人や長距離ドライバーが立ち寄れるようにするためです。
阿仁地区に道の駅がまだなかった時代。
幹線道路沿いにある「阿仁またぎ総合物産」は、地域を訪れる人にとって欠かせない立ち寄り場所になっていきました。
守り続けてきた店
またたびワインは長く製造が続けられましたが、その後は徐々に販売が落ち着き、2010年ごろに製造を終えました。
現在の「阿仁またぎ総合物産」は、特産品や生活用品を扱う店として営業を続けています。
営業時間は午前10時から午後4時半頃まで。冬は積雪の多い日に休むこともありますが、基本的には毎日店を開けています。店内には山菜やなめこなどの特産品、タバコ、お菓子などの生活雑貨が並びます。


客層で多いのは、土木工事の作業員や長距離ドライバー。地元の常連客も多く「雪が降る前日は、翌日の分まで買っていってくれる」と小林さんは言います。夏には阿仁川の鮎釣り客、紅葉や登山のシーズンには海外の観光客が立ち寄ることも増えてきました。
建物の状態は外壁の他は良好で、店内の棚や設備、問屋との取引関係もそのまま引き継ぐことができます。
店の前には、今もまたたびの木が生えています。
「6月頃になると葉っぱが白くなるので、すぐわかりますよ」と小林さん。
もし後継者が、またたびを使った商品をもう一度作りたいと思うなら、小林さん自身が製法を伝えることも約束しています。

国道沿いの立地、店の設備、問屋との取引関係。そして、またたびを使った商品づくりの知恵。
小林さんが守ってきたこの店には、次の世代が商売を始めるための基盤がそろっています。
夢の続きを託す
5年ほど前、80歳を超えた小林さんは店の行く末について考えるようになりました。
譲渡については応相談で、建物と土地を含めた売却を想定しています。

後継者に求める条件は、ほとんどありません。
「新しい発想でやってほしい」
同じ業態を続ける必要もない、と小林さんは言います。
条件はもう一つ。外壁に描かれたパンダの絵です。前のそば屋時代から描かれていたこのパンダは、地元の人たちに長く親しまれてきました。「パンダさ行くか」という言葉が、この店を指す言葉として定着しているほどです。
「外壁をリフォームしても、パンダだけは残してほしい」これが、小林さんのお願いです。
幹線道路沿いの立地、四季折々の自然。森吉山の樹氷、阿仁川の鮎。そして全国から訪れる観光客。近年は外国人観光客も増えています。
30年以上前、誰も見向きもしなかった山の実から始まった挑戦。
小林さんはいま、その夢の続きを、この店とともに次の誰かへ託そうとしています。






