”つづく”をつなげる。岐阜県郡上市が事業承継で描く、歯抜けのないまちづくり | ニホン継業バンク
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2025.06.24

”つづく”をつなげる。岐阜県郡上市が事業承継で描く、歯抜けのないまちづくり

継ぐまち、最前線

〈 この特集は…〉

地域で長く愛され、まちの個性となっている飲食店や一次産業、ものづくり産業、などの小規模事業者たち。しかし、多くの地域では後継者がいないことが理由で、歴史が途絶えてしまうかもしれません。自治体に求められているのは、事業の後継者を探し、地域の価値を承継すること。継業バンクを活用して継業が生まれた自治体の担当者に、活用に至った背景や成果をうかがいます。

地域:岐阜県郡上市

担当者:郡上市商工会事業承継支援センター  名畑司さん・臼田和博さん

取材・文:石原 藍 写真:酒井 裕子

地域の暮らしを守ることからスタートした事業承継

岐阜県のほぼ中央に位置する郡上市。日本三大清流のひとつ、長良川と山々に囲まれたこの地域は、八幡山にそびえる郡上八幡城をはじめ、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された町並みや全国名水百選の宗祇水、400年以上もの歴史がある「郡上踊り」など、見どころの多いまちです。

観光を主軸に発展を続ける郡上市ですが、長年、ある問題に向き合っています。

「郡上市の97%は山林に根ざしています。昔は木を切って加工し、生活を成り立たせていました。今は観光が主軸になってきましたが、特に山間部では生活関連業種の存続が最大の課題です」と語るのは、郡上市商工会事業承継支援センターの幹事長・臼田和博さん。

実際、郡上市には約2,500の事業者が存在し、そのうち8〜9割が従業員20名未満の小規模事業者です。なかには20〜30年続く店もありますが、老舗と呼ばれるほどの企業は多くありません。

「今は若い人がどんどん店を引き継いだり、新たに起業したりする動きも出てきています。ただし、それはまちなかの話。少し離れた山間部では人の流れが少なく、小売店や理美容、ガソリンスタンドなど、地域の生活関連業種が廃業すると、そこで暮らすこと自体が難しくなってしまう」と郡上市商工会事業承継支援センターのもう一人のキーパーソン、名畑司さんはいいます。

実際、山間部で小売店が廃業し、買い物難民になってしまった住民のために移動販売や買い物代行を試みましたが、持続可能なビジネスにはならなかったそう。そこで事業者そのものを残す方向へと舵を切ったのが、郡上市商工会の事業承継支援の始まりでした。

郡上市商工会で事業承継に携わる名畑司さん(左)と臼田和博さん(右)

郡上市商工会に事業承継支援センターを設置したのは2014年。しかし、その数年前から臼田さんは地域に起きている変化を感じつつありました。

「郡上市商工会では20年以上にわたり、起業を考えている人に向けた創業支援に力を入れてきました。一方で、2010年頃から廃業を考えているという声を事業者から聞くようになったんです。試しにアンケートを取ったところ、後継者がいないと回答した事業者が約6割、またその6割の事業者が廃業を検討していると。これは創業支援だけではなく、廃業を考えている人の事業をつないでいかないと、地域そのものが衰退してしまうと危機感を感じました」

なかでも大きなハードルが「事業者自身が自分の商売を残そうとしないこと」だと名畑さんも続けます。

「自分の代で商売が終わっていい、ましてや第三者に渡そうなんて気はサラサラない、という方が大半でした。『自分の商売がどれだけ地域に貢献しているか』ということに気づいてもらうことが、事業承継の一番のポイントだと思ったんです」

地域支援員が拾い上げる地域のリアルな声

そこで郡上市商工会が取った戦略は、地域住民との距離が近い「地域支援員」の配置です。市内の7地域それぞれに地元出身者や市職員OB、金融機関OBなどを選出し、地域密着での情報収集と啓発を行う体制を整えました。

「地域の飲みの場や集まりで『あの店、今度閉めるらしい』『後継を探しているみたい』といった情報が自然と入ってきます。それを拾い上げ、商工会が動く。セミナーを開催するよりずっと効果があります」と名畑さん。

地域支援員の情報は月1回の定例会で共有され、商工会が必要に応じて個別に訪問し、相談から承継までを伴走する仕組みが整っています。

「住民と地域支援員は顔なじみなので気楽に話ができるんです。『この店は郡上の宝だよ。残す方法を考えてみない?』と話すと説得力がありますしね」と名畑さん

さらに、住民との世間話の中から細やかな情報を拾い上げていくうちに、事業承継だけでなく、空き店舗や空き家の相談も舞い込むようになったそう。そんなさまざまな問い合わせや相談を一括でサポートする体制を整えるため、2019年に「郡上市産業プラザ」が誕生しました。

郡上市役所のそばにある「郡上市産業プラザ」

「ここは我々郡上市商工会だけでなく、産業支援センターや観光連盟、移住定住を手がける一般社団法人などが入っているので、創業、継業、補助金から空き家対策、移住まですべてサポートできるようになりました。ここへ相談に来れば、だいたいのことは解決できる。相談した人が迷子になってしまってはいけない、それが支援の大きなポイントだと思っています」と名畑さんは力を込めます。

「継業バンク」との連携で外への情報発信を強化

さらに、郡上市商工会の事業承継の動きを一気に加速させたのが、2020年の「ニホン継業バンク」への加入でした。

「地域内では情報が行き渡るようになっても、外の人を呼び込まないと事業承継は行き詰まります。これまで拾い上げてきたさまざまな情報をもっと外に発信する必要性を感じました」と臼田さん。

「郡上のような小規模地域では、外向けの発信力に限界があるんです。継業バンクの存在を知り、これだ!と思いました」と臼田さん

実際に継業バンクのサイトに記事を掲載するようになってから、その反応は想像以上のものだったそう。「掲載から数日で問い合わせが入り、わずか数週間でマッチングが成立した案件もあります。そのスピード感に驚きました」と名畑さん。

もちろん、やみくもに案件を掲載するのではなく、ちょっとした工夫も。臼田さんと名畑さんが継業バンクに掲載する際に重視しているのが、「事業に宿るストーリー」です。たとえば、築100年以上の建物を活用した民宿。地元の伝統を今に伝えるその佇まいに惹かれて、全国から問い合わせが相次ぎました。

また、和風建築を志す建築士が引き継いだ畳屋の例もあります。「こんな業種、継ぐ人なんていないのでは」と思われがちな案件でも、しっかりと価値を伝えれば、熱意ある人が現れる。「事業を通して文化を継承したい」「この土地で何かを始めたい」そうした思いに応える出会いが、継業バンクを通じて生まれています。

継業バンクに掲載し、無事事業承継を果たした畳屋さん

「単に“売る・買う”というビジネス的なやり取りではなく、“想い”を媒介にしたマッチングができるのが、継業バンクの強み。だからこそ、掲載する案件も単なる数字や事業規模だけで判断せず『どんな人に、どんな思いで繋いでほしいか』という視点で見極めています」と名畑さんはいいます。

成約の鍵はスピードと丁寧さの両立

事業者や承継希望者とのやり取りでは、スピードも重要な要素となります。「興味を持ってくれた人にすぐ返事を返す。少しでも間が空いてしまうと、熱が冷めてしまうんです」と名畑さん。メールでの問い合わせには、土日も含めてすぐに返信。やり取りが一定以上進めば、信頼できると判断した上で直接の連絡に切り替えるなど、柔軟な対応を心がけています。

実際に、SNSで人気を集めていたカフェの経営者が、出産を機に店を閉めようと商工会に「廃業届」を持参したことがありました。「このままではもったいない」と感じた名畑さんが、その場で事業承継を提案。すぐに募集につなげると多くの応募が寄せられ、面接を経て無事に承継が成立したといいます。

このような郡上市商工会の迅速かつ丁寧な対応が実を結び、2023年度は年間で17件の成約という快挙を成し遂げました。

少しずつ変わり始めた地域住民の意識

郡上市商工会の取り組みは、地域住民の意識にも確実に変化をもたらしています。2024年の事業承継センター設立10周年では、メディアを通じてこれまでの事例を積極的に発信。フリーペーパーや新聞記事の影響で、商工会に自ら相談に訪れる事業者も増えてきたといいます。

「最初は『自分の代で終わってもいい』と考える人が多かったのですが、今では『第三者に継いでもらう』という選択肢に希望を見出す事業者も増えました」と臼田さんは話します。

これまでの取り組みを掲載した地元のフリーペーパー。購読率も高く、多くの人の目にとまった

「事業承継は、単に事業を残すための手段ではありません。大切なのは『承継して育てる』こと。地域課題を解決し、暮らしを守るための仕組みでありたい」と名畑さん。その想いから、マッチング後も、経営指導員が継業者に寄り添い、経営の立て直しや業態再編のサポートを行っています。場合によっては、単独の事業体ではなく異業種連携や法人化など、持続可能性を前提としたビジネスモデルの提案を重ねています。

地域の商売が一つ消えることは、そこに暮らす人々の生活の一部が失われるということです。“暮らし”を守る”その灯りを消さぬよう、郡上市商工会事業承継支援センターは、今日も地域の声に耳を澄ませ続けています。

郡上市が描く未来は「歯抜けのない産業構造」。生活インフラとしての業種を町内に確保し、日常がまちの中で完結する地域づくりを目指しています。継業バンクとの連携は、その実現のための大きな一歩でした。「自分の代で終わっても仕方がない」と考えていた事業者が、「次の人に託す」という選択肢に気づくようになったのも、事例発信とマッチング実績の積み重ねによるものです。

今後は、さらに多様な業種や形態での承継を視野に入れ、郡上市ならではのストーリーを持つ事業を全国へ発信していきたいと考えています。「継業バンクと連携することで、“地方の事業には、地方にしかない魅力がある”ということを、もっと多くの人に伝えていきたいです」と名畑さん。

地域の未来を見据えた郡上市の事業承継。継業バンクという「外に伝える力」と、地域に根ざした「中をつなぐ力」の連携が、地域の暮らしを支える大きな推進力となっていました。