みつまた生産量日本一の岡山県
美作市北部に位置し、鳥取県と兵庫県に接する「梶並(かじなみ)地区」には、7つの集落群からなる右手(うて)集落があります。継業バンクを通じて継業が成立した遊魚施設「右手養魚センター」や、移住者が蔵を改装してサウナを作った「パブリックハウスアンドサウナ『久米屋』」も同じ集落内にあります。
そのうちのひとつ、中右手(なかうて)集落には、30人が暮らしています。地域住民と移住者が関わり合う土壌があるこの集落は、和紙の原料となる「みつまた」の生産地でもあります。実は、岡山県はみつまたの生産量が日本一。春先には辺り一面に黄色い花が咲き誇ります。
地域の生業だったみつまた農家
中右手集落で唯一となったみつまた農家である、右手(うて)忍さん。「この地域はほとんど右手って苗字なんだよ。多分みんな遠い親戚です」と笑って教えてくれました。
この集落で生まれ育った右手さんは、定年をむかえた20年前に、家業の農家を継ぐためにUターンで故郷に帰ってきました。現在72歳の右手さんは、就職で県外に出る18歳の頃まで子供の頃から家業の農家を手伝っていたといいます。50年前の当時は、集落のほとんどが家業としてみつまたを生産しており、組合も発足するほどでした。
「宮内庁の重要書類に使われるような高級な和紙『局納(きょくのう)』から、葉書や便箋、障子など一般家庭で使われるようなものまで、その原料を生産していたんです」
しかし、高齢化や仕事の多様化が進むにつれ、みつまた農家を継ぐ人は減り、中右手集落でみつまた農家を営むのは右手さんだけになってしまいました。
「管理する人はいなくても、毎年花が咲くんですよ。適地適作で、中右手の空気、水、山すべてがみつまた作りに合っているんでしょうね」
みつまた作りの年間スケジュール
現在、右手さんが管理する畑の面積は約2町(2ヘクタール)。みつまた以外にも、たけのこや米作りも手がける、マルチな農家さんです。1年間のうち、みつまたの管理にかける期間は11月から4月末頃までの一定期間。具体的にどんな流れで作業をするのか教えていただきました。
11月から1月まで、雪が降る前にみつまたを一気に収穫するそうです。根元部分で1束15kgにまとめ、100束を刈り取ります。
1月から4月頃までの間に、収穫しておいたみつまたを専用の釜にだいたい10束ずつ入れ、蒸しあげます。蒸すことで皮が剥きやすくなります。3日に1回のサイクルで蒸したあとは、10日間乾燥させます。
出荷には、甘皮がついた状態で出荷する「黒皮」、黒皮を剥いた「みざらし」、みざらしたものを川の水にさらし、さらにきれいにした「局納」の3パターンがあるそうです。また、剥いた皮は障子の柄として使うなど、余すことなく使われます。
5月から収穫期の冬まではみつまたの準備期間で、雑草を刈ったり、釜を炊くために必要な薪を用意するために山から木を切り出したりするそうです。
「『いい色が出せました』とお礼の電話をもらったりすると嬉しいですね。個展に来てください、と言ってもらったり、わざわざここまで挨拶に来てくれた人もいましたよ」
ご自身がつくったみつまたが和紙になり、商品として誰かによって命を吹き込まれ、お礼の声が届く。ユネスコ無形文化遺産にも登録されている「和紙」の文化を次世代につなぐためには、原料となるみつまたの担い手も必要不可欠な存在です。
国産みつまたを求める声に応えたい
みつまたは江戸時代後期に中国から伝わったそうですが、日本独自の進化を遂げ、紙幣に使われるほどになりました。しかし、後継者不足が深刻化し、近年では海外産のみつまたを輸入している現状です。
そんななか、右手さんのもとには「日本産のみつまた」を求める声が届くといいます。
「国体の表彰状や書道家さんなど、日本のみつまたで作る紙にこだわる方からの要望があったらお受けしています。でも、一人で管理しているのでお断りさせていただくこともあります」
右手さんのもとに要望が届く理由は、国産ブランドということだけでなく、手間ひまをかけているからかもしれません。右手さんは釜を炊く際に薪を使いますが、6時間ほど時間がかかるのだそう。灯油で炊くと数時間で炊くことができますが、じっくり温めることで良い品質のみつまたになるのだといいます。
釜で蒸す工程で必要な薪は自ら山に入り、木を切り出して麓に持ち帰るのだそう。また、オフシーズンの草刈りも欠かせない工程で、自然と共存できる人に継いでほしいといいます。
一定のニーズはあるものの、人手不足で生産をお断りしている状況がいまの課題です。「自然が好きで根気強く取り組める人に継いでほしい」と話す右手さん。しっかり体制を整えれば、売上を伸ばすことはできるかもしれません。
「ひとつだけ条件をつけるとすれば、杉花粉のアレルギーがないことが望ましいです。長いこと住んでいれば順応すると思いますが、はじめのうちは大変かもしれませんね」
関係人口として集落の一員に
みつまたの花は管理する人がいなくても咲き続けるそうですが、株の寿命は一般的に25年前後と言われています。新しい敷地に苗を植え付けた場合は収穫までに3年間はかかるため、既存の畑の管理はもちろん、苗付けの方法も教えるつもりだと話します。
「大まかな流れは1年で理解できるかもしれませんが、苗の植え付けから収穫までの3年間は一緒に伴走します。数年一緒にやれば、木の目利きや、細かい工程も理解できるようになるはずです」
みつまたの仕事は冬の期間に限られるため、副業や兼業としての継業が可能です。
また、稲作やたけのこ狩りなど、1年を通した右手さんの生業を継ぎたいという方も歓迎します。
「最近も集落の仲間に手伝いにきてもらってるんですよ。といっても私と同世代の方たちですけどね。この地域じゃ70代もまだまだ青年ですから」と笑いながら話す右手さん。
「右手養魚センター」を新たな担い手を迎え入れたり、「蔵サウナつき宿泊施設 久米屋」など、移住者を迎え入れる土壌のある中右手集落。右手さんも「中右手おもてなし隊」の一員として地域活動に携わるなど、とてもアクティブな方です。
集落の一員として関わりながら右手さんの生業「みつまた農家」を受け継ぎ、自然と共存する暮らしを楽しめる人からの応募をお待ちしています。