江戸時代末期から続く温泉旅館「川津屋」

日本有数の豪雪地帯として知られる新潟県津南町。自然豊かな町の中でも、さらに“秘境”と言われる秋山郷の山中にポツンと佇む「川津屋」は、江戸時代末期創業の歴史ある温泉旅館です。
自慢の源泉掛け流しの温泉も、創業当初から200年以上湧き続ける天然温泉。詳細な年月は不明ですが、川津屋の創業者が知人と共に手掘りで温泉を掘り当て、この場所に旅館を建てたと言われています。かつては「薬師の湯」として親しまれ、川津屋のすぐそばを通る旧草津街道を行く商人や旅人の傷を癒してきました。江戸時代後期に活躍した新潟県出身の随筆家・鈴木牧之執筆の「秋山記行」には、当時の川津屋の写真が登場しています。

川津屋がある秋山郷は平家の落人伝説が残る地として知られ、大正・昭和の人気小説家・吉川英治氏も川津屋に滞在しながら「新・平家物語」を執筆しました。そのことから多くの小説ファンが訪れ、そのまま常連になったお客さんも多いといいます。
継げない、でも「川津屋」を残したい
現在旅館を切り盛りするのは、川津屋4代目の吉野徹さんと早坂悠吾さん。ふたりの関係は、義理の親子です。もともとは神奈川県で暮らしていた早坂さん夫妻ですが、妻の実家の旅館が人手不足でピンチと知り、2年前から津南町へ移住。義理の父である吉野さんを手伝うようになりました。

それから2年間ふたりで営業を続けてきましたが、移住当初からいずれは第三者へ譲渡することを決めていたため、早坂さんは今も5代目を名乗らずにいます。移住前から接客業に従事していたこともあり、川津屋での仕事は自分に合っているという早坂さん。「自分が継ぎたい気持ちもある」といいますが、将来子どもが生まれた場合、山深いこの場所で暮らすのは難しいと考え、譲渡するまでの繋ぎ役に徹することを決めました。

しかし、先祖代々200年以上も大切に守り続けてきたからこそ、実際に宿を運営する後継者の顔も知らないまま事務的に事業と建物を売却し、川津屋を簡単に手放すことに抵抗もあります。後継者に向き合い、長い年月をかけて川津屋が培ってきたもの、そしてこの屋号を未来へ繋いでほしい。吉野さんも早坂さんもそう考えています。
そんな思いから、承継希望の方には従業員として一緒に働いてもらい、川津屋を譲渡したいと考えています。従業員として働く間は、いわば引き継ぎ期間。約2年間を想定しており、川津屋の歴史や地域との関係性など、さまざまなノウハウをお伝えするつもりです。
大自然の恵みを存分に味わえる宿
現在は1日1組限定で営業中ですが、客室は全部で5部屋あり、1日最大10~12名ほどの宿泊が可能です。昔からの常連さんも多く、由緒ある歴史や大自然に囲まれた絶好のロケーションから、さらに集客できる可能性は十分あるといいます。

宿泊プランはすべて朝・夕食付きで、食事は山菜料理やジビエ料理をメインに提供。山菜料理は早坂さんが自ら採ってきた山菜を、そしてジビエ料理は古くから繋がりのある地元の猟師から仕入れた肉を調理しています。後継者には、山菜を採る場所やアク抜きの方法、地元猟師との繋がりなど、そうしたノウハウのすべてを引き継ぐことが可能です。

館内での宿泊業務はもちろんですが、周辺環境の整備や春の山菜採り、冬の除雪など、たとえ宿泊客がいなくても仕事は尽きません。しかし、そんな忙しい毎日でも、自然が近くにあることで心が癒されていると早坂さんは語ります。
「毎日忙しいですよ。でも、疲れても顔を上げれば綺麗な景色があるので、体感的にはそんなに疲れていないというか。予想以上に山の中にあるので、自然が好きな方なら絶好の場所だと思います」

一方で、大自然に囲まれた立地だからこそ、肉体労働も多くなります。特に冬場の積雪は、毎年3メートルを超えるほど。除雪は町に依頼をすればやってもらえますが、旅館に住み込みで営業する場合や、津南町内から通いながら通年営業する場合は自分達で雪かきをする必要があります。除雪も含めて冬場の営業は大変なため、早坂さんは「冬の間は休業する選択肢もある」と話します。休業する場合は、町直営の除雪作業員や町内スキー場スタッフなど冬期間限定のお仕事もあります。

やる気があれば、宿泊業以外の事業展開も可能
川津屋は、かつては宿泊業以外にも惣菜やどぶろくの製造販売を行っていました。しばらくはそれらの製造をやめていましたが、今年から惣菜業の再開や、旅館の裏山でキャンプ場を整備するなど、これから展開予定の事業もあります。譲渡の際にはそれらをすべて引き継ぐ必要はありませんが、やる気次第では宿泊業以外の事業展開も十分可能な環境が整っています。

そんな川津屋で働くことの面白さについて、早坂さんはこう話します。
「すべて自分次第。自分でやりたいことを見つけてチャレンジできますし、それに対して成果が出るとは限らないですが、やった分だけ必ず何かが返ってくるので。そこは面白いところだと思いますね」
宿泊業に専念するもよし。宿泊業と並行して、この場所でできることにどんどん挑戦するもよし。すべては後継者の意向次第であるところにも、この継業の面白さがありそうです。

360度見渡す限りの大自然と、江戸時代から続く歴史ロマンあふれる温泉宿「川津屋」。雄大な自然に囲まれたこの地で代々続く長い歴史を、10年先、20年先の未来へと紡いでくださる方をお待ちしています。