「サラリーマンをしていた頃よりずっと、自分の時間を持てていいですよ」
開口一番そう話すのは、北秋田市合川町で、地域の季節行事などに欠かせない餅を作り続けている「御所野屋」店主の御所野久さん。1989年10月に創業し、自分の時間をしっかり確保しながらお得意様もガッチリと掴んでいます。その御所野屋で、餅づくりの担い手を募集しています。
「母乳に良い!?」から始まった餅づくり
滋養豊かな雑穀「粟」の効能をご存知でしょうか。貧血やアトピーを改善し、また母乳の出を良くして産後の回復を助けるとも言われているスーパー雑穀、「粟」。合川町が粟の生産に力を入れ始めた頃、大福に混ぜられないかというリクエストを受けて始まったのが、「御所野屋」創業のきっかけです。
「“母乳に良い”っていうんで、粟餅を主力にやり始めました。大福づくりは、粉で作るやり方ともち米を使うやり方がありますが、もち米をつぶして作った方が体にいいんです。粉だとどうしても解凍したときにべたべたする。今、北秋田市でもち米から大福を作っているのは私だけです」と御所野さん。
今では、「御所野屋でなければ」と言われるほどに、既存取引先との信頼を築いています。そして、「地域の文化を残していくためにも」後継者の募集を決めたと言います。
地域に伝わる文化を残していきたい
合川町では、集落ごとのお祭りや慶弔の際に供えるお餅は欠かせません。また、子どもの年祝いに一升餅を背負わせて成長を願う「たったり」と呼ぶ文化も残っています。
「地域の文化を残していくために希望する人がいるのであれば複数人に教えた方がいいと思っています。今の時代は、米で作るか粉で作るかの違いくらいで、ほとんど機械で作るので、昔と違って技術差もほとんどなくなってきました。うちはその分、素材にこだわっていますが、餅づくりをやりたい人がいたら、レシピや素材の選び方など伝授しますよ」と御所野さん。
「技術差はない」。そう話す御所野さんがこだわっているのが、素材です。使用する米は餅の白さが際立つものを、ゴマはしっとりとした食感で店の餅に最も合うものをと、吟味を重ねて現在の御所野屋の味を作り上げてきました。
さらに、賞味期限だけでなく製造年月日をラベルに表示しているのは、高齢者の多い土地柄を考えてのこと。「お客様が安心して買ってくれるように」と、心くばりも忘れません。
また、従来からの取引先からは、御所野さんの作る「ゴマ餡餅」がなくなっては困る、という声も挙がっているといいます。「本当は65歳くらいで辞めたかったんですけど、ゴマ餡餅が売れるものだから今まで続けてきました」そう笑う御所野さんですが、地域の人たちに惜しげもなく大福の作り方を教えることもあるそう。
「だって、同じ作り方でも、全く同じ味にはならないから。そうすると、うちのお餅を食べたいとまた買ってくれるでしょ?そういうことも、後を継ぐ方に教えてあげたいです」
取引先を引き継いで安定した売上を確保
現在、北秋田市をはじめ近隣の市町に、大手スーパーなど7件の取引先があり、週に3日は配達をしています。ご夫婦二人で働いて月収はおよそ40万円から50万円。イベントのある月などは2倍もの売り上げになると言います。そこから家賃などの固定費と、材料費を引いても、十分に暮らしていける収入を上げています。
また、承継にあたって雇用関係は結びませんが、既存の取引先を紹介してもらえるため、売り先に困ることもありません。
「希望があれば、現在の店舗の名義を変更して賃料を払いながらここでやっても良いし、技術だけを会得して他の所に自分の店を構えてもいい、そのあたりは来てくれる人と話し合って決めたいですね」と御所野さんは言います。
サラリーマン時代には味わえなかった楽しさ
粟餅が出発点だった御所野屋ですが、実は「初めはあまりおいしくはなかった」と御所野さんは振り返ります。しかし、素材を吟味し、クルミやヨモギをはじめコーヒー、梅干しにゆかりなど、中に入れる物をいろいろと試しながら、信頼とファンを掴んできました。
「夜遅くまで作って納品して、翌日スーパーに行くと、売れて無くなっているんですよ。あんなにきれいに並んでいたのに、って。そうやって売れると、もっとこうしたいな、ああしたいな、と思うようになる。
もし後継者の方がこういうのを入れてみたい、というアイディアがあったらアドバイスしますよ。そういう意味では、なまじ経験のある人より、素人さんのほうが覚えやすくていいと思いますね」
自分のつくったものが売れていく実感を得られるという楽しさのほかにも、この仕事のよさがあると御所野さんはいいます。それは、自分で働く時間を決めることができること。
「年間を通じた季節行事や、注文の量によって自分でスケジュールを組むことができるので、子どもの運動会や学校の行事にも参加できます。子育て世代などにはいい仕事だと思いますよ」
餅づくりを始める前は、いろいろな職場で会社勤めをしてきたという御所野さん。今では自分の自由時間を得られるこの仕事に、充実感を得ているそうです。しかしそれは、試行錯誤を重ね、取引先や顧客との繋がりを築き上げてきた努力の結果ともいえるでしょう。
「餅の中に何を入れるかにもよりますが、5種類程度の作り方のパターンを覚えれば、早い人なら1年で覚えられると思います」と御所野さん。お客様から求められる商品を作り、自分の時間を謳歌する、そんな地域の人気店を承継してみませんか?