2020.3.17

世代を超えて受け継がれる「譲り店」ニューMASA(後編)

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:大阪・大阪市中崎町

継ぐひと:片牧尚之(2代目)山納慎也(3代目)古家慶子(4代目)

見守るひと:山納洋

大阪・中崎町の喫茶店『ニューMASA』前にて。左から、山納洋さん、息子の山納慎也さん、古家慶子さん、片牧尚之さん

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:高橋マキ 写真:衣笠名津美 編集:ココホレジャパン

前編はこちら

譲れる仕組みの面倒をみること

大阪の小さな昭和喫茶が「常連客にとって、なくてはならないまちの居場所」として「譲り店」というカタチで継業されていく。

 人生の一時期にバランス良くカフェと関わることができる方法も、今の時代に必要なのではないかと思っています。
 例えば、3年から5年の間だけ、多額の投資をすることなくカフェを開業することができて、辞めるタイミングが訪れた時には、そのお店を次の人に引き継ぐことができる、そんなシステムがあれば、カフェを通じて自分の可能性を広げられる人がもっと増えるのでは、と思っています。ーー『カフェという場のつくり方 自分らしい起業のススメ』(学芸出版)

「2012年に出した『カフェという場のつくり方 自分らしい起業のススメ』(学芸出版)という本の中、自分でこう書いているんです。だから、これは僕の仕事だな、と気づきました」と山納(やまのう)さん。

「譲り店」の継業を「見守る人」として重要な役割を果たす、山納洋さん

2代目『ニューMASA』マスターの片牧尚之さんから「卒業」の相談を持ちかけられた山納洋さんが、初めに思いついたアイデアは「3年間だけお店を持てる仕組み」だったが、「僕の役割は、初期投資せずに譲れる仕組みの面倒をみるということだと考え直した。

2019年10月13日の山納さんのFacebookにはこう書かれている。

新店主のメリットは、

  • 大きな初期投資をせずに出店できる
  • お店を閉める時が来ても、次の店主が見つかれば、閉店時にかかる費用と手間を減らすことができる

そして新店主に求める要件は、

  • 店名を変えず「ニューMASA」としてお店を続けること
  • 大規模な改修を行わずにお店を続けること
  • これまでの常連さんといい関係性を築けること
  • 初代店主(※注:ヨシコさんのこと)の時代からの豆を使った珈琲も提供すること

「この発信を受けて手を上げてくれたのが、4月からの店主になる古家(こいえ)慶子さんでした」

茶屋の軒先がカフェ試し打ちの場に

古家さんは、かつて2004年に山納さんがプロデュースする『コモンカフェ』の日替わり店主を経験し、2005年から今に至るまでずっと「六甲山カフェ」というプロジェクトに関わってきた。山納さんいわく「いわばコミュニティの訓練をずっとしてきた人」だ。

15年もの間、本業のかたわら、週末カフェのプロジェクトに関わってきた古家慶子さん。当面、賃貸契約は片牧さんのまま、経営は古家さんが引き継ぐ

カフェと言っても、週末だけ。六甲山の登山口の歴史ある茶店の軒先を借り、カセットコンロを持ち込んでコーヒーを入れるというスタイル。「隣にも同じような古いお茶屋さんがあって、初めのご挨拶に手作りクッキーを持って行ったら『もっと勉強せなアカンで』と、いきなり洗礼を受けました(笑)。山のお客さんの中にも、けんか腰で「わしらの山をどうする気や」と言ってきた方がいましたが、何年も経ってから「あの時はごめんな~」と(笑)」

当初イベントだった「六甲山カフェ」を、継続したいと望んだのは彼女の親友で、当初、古家さんのモチベーションはあくまで「友人のお手伝い」だった。でも、友人が退いたあとも長くその場に関わり続けてきたのはなぜだろう。

「ゆるさを許してもらえたからかも。そして何より、山の雰囲気、歴史ある茶屋の雰囲気が好きだった。周りの方々が、がんばりや、おいしいね、といい言葉をかけてくださるのも励みになりました」

自らもそのプロジェクトに関わりながら、古家さんと友人の姿を見守ってきた山納さんも「継業の際に起こる元々のお客さん、こうあらねばならないという軋轢(あつれき)のようなものを受けながら、ここまで続けてこられたのだと思いますよ」と、その継続を惜しみなく賞賛する。

「私にとって、山納さんは「見守る方」。「これからどうしていきたいんですか?」「具体的に言ってください」といつも聞いてくださって、拙いながらも言葉にしていく作業を見守ってくださるんです」

「やりたい」というのは簡単だが、具体的に何が必要かわからない。聞いてもらえることで、自分が本当は何をやりたいのかを考えることができた、と古家さんは振り返る。見守ってくれる人がいたおかげで「自分のスタイル」を見つけることができた。

「だから今回も、山納さんが発信してくださった、というのは大きかった。カウンターで話を聞いた時は、実はいったん新店主が決まってたんです。「その人があかんかったら、次は私がやりたいなあ」って、ちょっと悔しかったんでしょうか。その方のお話がなくなったと聞いて、手を上げました」

その時の山納さんからの問いは「どのくらいのパーセンテージでやりたいんですか?」だったという。

「もちろん、100%です!」

ゆるく育ってきたと自称する古家さん。ところがこの時だけは、長い付き合いの山納さんも思わずひるんでしまうほどの、強い意思が言葉となって飛び出していた。

半年だけの3代目は、大学生

さて、お気付きの読者はどのくらいいるだろう。「古家さんは、3代目じゃないの?」。

片牧尚之さんが、思いを山納さんに託して『ニューMASA』を卒業したのは昨年の9月30日のこと。しかし、古家さんが「六甲山カフェ」を退き、開店の準備が整うのは4月の予定だ。その間、ちょうど半年のインターバルが生じたのだが、その期間のバトンを継ぎたいと申し出たのは、なんと大学3回生の山納慎也さんだった。苗字でわかる通り、山納洋さんの息子さんだ。

山納慎也さんは、大学3回生。コーヒー豆によって、ペーパーとネルを使い分けて1杯ずつていねいにドリップしてくれる

「高校生の時に、塾が嫌で、近くの渋い喫茶店に通ってたんです。サラリーマンが商談している横で勉強してる自分、というのがちょっといいなと思ったりして」と慎也さん。

「残念ながらその店が移転して、もう喫茶店には行かなくなっていたのですが、ある日、焙煎講座を受講してみたら、コーヒー熱が再発して止まらなくなってしまったんです」

「週末は混み合うこともあるけど、平日はのんびりですよ。暇な時は、ギターの練習をしています」。コーヒーやジャズ。そんなちょっと大人びた趣味を分かち合える友だちも大学に入って増えたらしい

「僕は何にも教えてませんけどね、道具も買って、日夜研究してたみたいですよ」と、父親の顔でちょっとだけ目を細める山納さん。「まさかの事態ですが、このインターバルに、慎也がバトンを継ぐというのは面白いなあ、と思いました」

若き3代目の半年間の挑戦を、それぞれのまなざしで応援する大人たち

覚悟を決めて、学校に行かずに半年間がんばるというので、9年前と同じように片牧さんの名義はそのままに、家賃、経費は毎日店に立つ3代目・慎也さんが支払っている。「僕もやってもらってたことやからね」と、彼のアクションを応援する片牧さん。「それに、僕が継いだ常連さんはたったの3人やったけど、もっとたくさんのややこしいおじいやおばあの常連がいるところに飛び込むんやから、大変やで(笑)」

コーヒー豆は、喫茶・ラウンジ『正』が使っていた豆屋さんのものを使う。これは、片牧さんに継業する際の、先代ヨシコさんのほぼ唯一の希望だったので、今も変わらない。明治時代に創業し、国内のコーヒー普及に大きな影響を与えた喫茶チェーン『カフェーパウリスタ』の豆。コーヒー好きなら誰もが知るキャッチコーピー「悪魔のごとく黒く、地獄のごとく熱く、恋のごとく甘い」、あのパウリスタのコーヒーだ。

初代・ヨシコさんの意を継いで、『カフェーパウリスタ』のコーヒー豆を使う、昭和ブレンド

この豆とは別に、片牧さん、慎也さん、それぞれ自分のこだわりの豆もメニューに並べる。慎也さんは、店内にアナログプレイヤーを持ち込み、お客さんの雰囲気にあわせてジャズのレコードをかけるのが気に入っているという。「次はこれにしようか。表から聞く?それとも、裏から聞いてみる?」「え、レコードって裏と表があるの?」。カウンターに集うかわいいお客さんたちは、大学の友だちなのだろうか。カルチャーの磁場だった昭和60年~70年代の日本の喫茶店は、もしかすると、こんな風だったのかもしれない。

3代目が持ち込んだ、アナログプレーヤーとレコード。客層に合わせたジャズを選んでいる

3月からは就職活動も始まる。10月から「店主」のバトンを握りしめた若きランナーの挑戦は、いよいよ最終コーナーにさしかかろうとしているところだ。
「初めは売り上げとかいろいろ目標もあったけど、今は、続けること、一生懸命やることだけを考えています。父の『コモンカフェ』や片牧さんの『ニューMASA』のイベントでコーヒーを淹れさせてもらったことはありますが、この場を毎日使わせてもらえることで、それがどんなに貴重なことだったかわかるし、学んだことはたくさんあります」喫茶・ラウンジ『正』時代のパートのワタナベさんは今でも常連さん。「片牧さんの頃からの常連さんも、5人くらいは顔がわかりますよ」。

そろそろお昼時。カランカラ~ンと、扉の呼び鈴が威勢よく鳴る。

38年もの間、愛される喫茶店。昭和70年前後、駅前や繁華街にはこんなお店がたくさんあった

理想は「ごちゃ混ぜ」の店

試し打ちから、いよいよ実践の場へ。夢を叶えるための一歩を踏み出す場として「譲り店」を選んだ古家さん

古家慶子さんにはずっと、自分でお店をやりたいという目標があって、だから「六甲山カフェ」もいい経験を積む場になった。その間に結婚し、旦那さんが料理をするようになってくれて、「将来はふたりでお店をやろう」と、夢がさらにふくらんだ。六甲山は3月に卒業し、2020年4月から『ニューMASA』4代目店主となる。

「ここに立つのは、いよいよ夢の準備期間だと考えています。2年くらいの間に、独立の準備をしたい。1年間はとにかく「毎日」続けて積み重ねていくということがどれくらいのものなのか、コンスタントにお店を開けることがどういうことなのかを知りたい。その次にイベントをやって、どんな人が集まってくれるのか試してみたいですね」

元は年配の方が集ったお店だが、中崎町自体が、どんどん若い人のまちになっている。

「でも、六甲山カフェも初めはそうでした。長くやってるうちに「カフェを目指して」来てくれる初心者が少しずつ増え、山の情報はおっちゃんたちに聞く。私たちがいることで繋がって、老若男女、山の初心者と経験者がごちゃ混ぜになるようなってきていた。それがいいと思う。だから、4代目『ニューMASA』も、ごちゃまぜの店にしたい」と古家さん。

「大切にしたいのは、お客さんとの距離感、ですかねぇ(笑)。まちの歴史の話が聞けたり、若い人がいたり。お客さんにとって、ここにきたら、何かいい情報がもらえる場所だといいですね。私にとって居心地のいい場所がお客さんにも伝わって、ごちゃまぜだけど、それぞれの人にとって居心地のいい場所になればいいな」

物件の物理的な所有に固執しない「譲り店」。継ぎ手が気負いなく、まちの記憶とコミュニティを継承していける、風通しのよい、やわらかな概念だ。

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継いだもの:喫茶店

ニューMASA

住所:大阪府大阪市北区中崎西1丁目1-16

TEL:06-6373-3445