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2022.04.20

山口で見つけた竹ミネラルは究極のエシカル!100年先まで続く事業をつくる「エシカルバンブー」

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:山口県防府市

譲ったひと:伊藤清志

継ぐひと:田澤恵津子

支えたひと:西村治

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。


取材・文:イソナガアキコ 写真:加藤郁夫 編集:中鶴果林(ココホレジャパン

エシカル消費やSDGsといった言葉がまだ市民権を得ていなかった2003年のこと。山口県防府市にある小さな町で建設業を営んでいた伊藤清志さんが、研究機関や近所の炭窯を営むコミュニティと協力しながら竹炭と湧き水だけでつくる安全安心な洗剤原液の竹ミネラルを開発、販売を始めた。その後、数年かけて販路の拡大を目指すも、伊藤さんや関わる人たちの高齢化もあって、事業は風前の灯となっていた。

同じ頃、東京でコンサルタント会社を営み、竹の有効活用事業を進めていた田澤恵津子さんは、山口にエコな竹炭洗剤があるという噂を聞きつけ、OEMを依頼しようと伊藤さんのもとを訪れる。しかし伊藤さんらと対話を重ねるなかで、田澤さんはOEMではなく竹ミネラル事業そのものの承継を決意する。しかも引き継いだのは地域のコミュニティや文化もひっくるめての事業承継だった。

出合いは必然だった

子どもの頃、父親の炭焼きを手伝っていたという伊藤さんは、建設業の傍ら、近所の人たちと竹炭を焼くようになった。1975年ごろのことだ。竹炭や竹酢液をしばらく生産していたが、あるとき裏手にあった池に炭をいくつか投げ入れた。すると池の水が透き通るほど綺麗になった。これを見て、炭の浄化作用に注目した伊藤さんは研究を開始。竹炭と湧き水だけで作る人畜無害の竹ミネラルを開発した。

伊藤清志さん。山口県防府市で伊藤緑化建設を営んでいた

原料の竹炭を一緒につくっていた仲間の後押しもあり製品化することにしたが、科学的根拠がなければ販売は難しいだろうと判断。2005年、宇部工業高等専門学校に成分分析を依頼して、洗浄効果を科学的に実証した上で製品化した。しかし、自宅の敷地で細々と製造するのが精一杯だったので生産できる量は少なく、月商はわずか30万円前後。ほとんどボランティアだけの作業で、事業というにはほど遠いレベルだった。

その頃、田澤恵津子さんは、東京で博報堂やソニー等の大手企業のマーケティングやプランニング部門を渡り歩き、2008年に株式会社プランニング・オフィス・クルーを起業。その後すぐ、コンサルタント契約を結んだ東電環境エンジニアリング株式会社の依頼で、竹の有効活用事業に取り組むことになった。それが田澤さんと竹のファーストコンタクトだ。しかしその時はまだ、自分が一生をかけて竹に向き合うことになるとは夢にも思っていなかった。

東京生まれの東京育ち。竹とは無縁の生活を送っていたという田澤恵津子さん

田澤さんは竹の有効活用法を探る中で、竹が非常にサスティナブルでエコな素材であることに注目。活用方法として環境に負荷をかけることなく、毎日使う日用品として商品化することを思いつく。

そして2年の月日をかけて開発したのが、竹繊維100%の完全自然循環型のタオル「竹のやわらかタオル​​」だった。原料はもちろん竹のみ。製造工程も環境に負荷をかけない製法に、とことんこだわった。それもあって、アレルギー疾患に悩む人や育児中の世帯など、特に環境問題に関心のある人からの反響が大きかった。

パイルの長さにこだわりシルクのような肌触りを実現。吸水性も綿の2倍以上あるという(画像提供:エシカルバンブー)

ある日、そうした人たちから「このタオルを安心して洗濯できる、安全な洗剤がほしい」という声が届く。たしかに、いくら環境に優しいタオルをつくっても、化学物質を含む洗剤や柔軟剤にまみれては意味がない。そう考えた田澤さんは、環境に負荷をかけず、体にも無害な洗剤を徹底的に調査することにした。すると、そうした洗剤のどれもが山口県防府市でつくられている竹ミネラルを使っていることがわかった。それこそが、伊藤さんが開発した竹ミネラルだった。

「継がなければ」と思った

田澤さんは「竹のやわらかタオル」を手に、伊藤さんのもとを訪ねた。工房は伊藤さんの自宅敷地内にあり、想像以上に小さいものだったが、産業技術センター等に相談しながら製造を進めていた経緯を聞き、その品質は確かだと確信した。

「伊藤さんに洗剤をOEMで製造してくれませんかと頼んだんです。そしたら『自分はもう歳で体もしんどいから来年にはつくるのをやめる』と言うんです。それはもったいないですよと言っても『20リットル入った容器ももう運べんのじゃから』と。これは困ったなと」

無口で職人気質。そんな伊藤さんを「ニヒルでダンディ」と田澤さん

「伊藤さんが『まずは洗剤を使ってみてくれ』と言うから、タオルを洗ったんです。そしたら『こんなに!?』ってくらい柔らかく仕上がった。その上、有害な物質は何も使っていないから飲んでも大丈夫だと言う。原材料から製造工程も含めて環境に一切負荷をかけないうえ、継続的に管理することで半永久的に使える、これって究極にサスティナブルな資源だなって思ったんです」

伊藤さんは田澤さんが持参した竹タオルを見て「そんないいものが作れるんなら、洗剤だってできるよ」と事業承継を提案した。しかし製造業はサービス業と違い、工場の建設や設備投資に多額の費用がかかる。その上、安全管理に必要な検査や製造工程の設計など様々な課題をクリアしなくてはならない。田澤さんは悩んだが、1年後の2015年、伊藤さんから600万円で正式に事業を承継することを決意した。

無色透明。湧き水と竹ミネラルだけでつくられる「バンブークリア」は飲むこともできる。(※飲んでも害がないことは科学的に証明されていますが、飲料水としては販売していません)

承継を決めた田澤さんに対し、「事業にもなっていないものを大金はたいて購入するなんて信じられない!」と周囲の反応は散々だった。 

だが、田澤さんにはある考えがあった。

「当時、SDGsやサスティナブルという言葉も今ほど浸透していませんでしたが、竹ミネラルのような循環型商品の時代は必ず来るという確信があった。だから売る場所さえちゃんと考えれば売れる商品になるだろうと思ったんです」

そしてもう一つ。「タダより怖いものはない(笑)。当事者間では口約束で済むことも、業績がよくなった瞬間に承継者と親族との間で揉めるケースをたくさん見てきたので、承継問題で起こり得るリスクは契約段階でできるだけ回避しておきたかった。そうしたリスクマネジメントの観点からも、私から買い取りたいと申し出ました」

しかし最終的に承継を決心したのは、売れるかどうかよりも、純粋にいい事業だと思ったからだという。

「日本の竹を使ってモノをつくるっていう事業を、ちゃんと後世に残すべきだと思ったんです。それに原料になる竹炭を焼く炭窯が、すごくいい場だったんです。おじいちゃん、おばあちゃんが毎週土曜に集まって、お茶を飲んだり、ご飯を食べたりしながら炭を焼いているんです。事業を閉じてこういう場所がなくなっちゃうのは、あまりにもったいないなって」

承継を支えたもう一人のキーマン

実は、この継業ストーリーにはもう一人のキーマンがいる。地元の学校で長く校長を務め、皆から「先生」と慕われている西村治さんだ。御歳90歳になる西村さんは、炭窯の管理人のような存在で、竹ミネラルの原料になる竹炭をつくるだけでなく、孤独になりがちな町の高齢者たちの憩いの場として炭窯を仕切っていた。

笑顔が似合う西村さんは、田澤さん曰く「エシカルバンブーのアイドル的存在」

「西村先生との出会いがなかったら、私はこの事業を承継していなかったかもしれない」と言うほど、田澤さんの西村さんへの信頼は厚い。

「承継を決めてから工場を建てたり製造ラインを整える間、月に数度、東京から山口に通ったんですけど、最初は知り合いもいないし、方言が強くて言葉は通じないしで、すっごい孤独だったんです。それに予想以上に経費がかさんでお金もなかった。

そんな時に西村先生は、行くたびに空港まで迎えに来てくれて、泊まる場所を確保して、食事に招いてくれた。辛いことがあったらグチも聞いてもらったし…ねえ、先生、あの頃は先生に毎日電話してましたよね?」

田澤さんの言葉に、うんうん、とうなずく西村さん。

家族だと間違われるほど、二人でいることが自然な田澤さんと西村さん

その西村さんは当時、どんな思いで田澤さんを見ていたのだろう。

ここを選んでくれたからね。東京から女性が一人で来て頑張ろうって言ってるんだから、自分ができる限りのことをしてあげようと思った。応援しようと思ったんですよ

そう言ったあと、何かを思い出したように田澤さんを見て、「そういえば、出会って10周年よね?出会ったのが2012年の4月11日じゃったから」と語りかけた。すると「そうそう!10年ですよね。歳をとりましたね、私たち!」と西村さんの肩を叩きながら豪快に笑う田澤さん。そんな二人は、本当に血が繋がっている家族のように見えた。

「山口に馴染むことができたのはこの二人のおかげ」と田澤さん

「今じゃ自然に山口弁も出るようになって、私のことを地元の人間だと思ってる人も多いようですけど、最初の1年くらいは東京が恋しくて…」と田澤さん。「うまくいかないこともあったけど、ここまでやってこれたのは、西村先生のおかげなんです。影になり日向になり支えてくれて、地元の方とのパイプ役になってくれた。私は本当に恵まれていたんです」

田澤さんは東京の人間が地方でビジネスをしようとして、場に馴染むことができず失敗する例もたくさん知っていた。だからこそ、いかに自分が人の縁に恵まれたかがわかるのだとしみじみと語った。

100年続く事業をつくる

竹炭づくりから竹ミネラルの抽出まで全てが手作業だ

伊藤さんから正式に事業を承継した田澤さんは、2016年、やっと見つけた敷地に小さなオフィスと工場を建設。製造ラインが完成して量産体制が整ったのは、さらに1年後の2017年だった。

手前の2つの黒い建物が事務所とミーティングルーム。奥に見える白い建物が工場だ

そして2018年からエシカルバンブーとして正式に販売を開始。当初360万円前後だった年間売上は、2022年までの4年間で約8000万円近くを売り上げるまでに成長した。7人だった従業員も現在は22名に。販売先も国内のみならず、​​すでに実績のあるペルーを始め、今年度中にシンガポール、台湾、スウェーデンにも進出予定だという。

竹ミネラルの原料となる竹炭の製造は伊藤さんと西村さんを中心とする地元の住民によるグループにお願いしてきた。自分の時間がほしいから、あまりプレッシャーになるような働き方はしたくないというおじいちゃんとおばあちゃんのために、田澤さんらスタッフが炭窯に赴いて一緒に竹炭をつくり、必要な分だけ会社が買い上げている。報酬は「炭窯貯金」して、まとまった金額になるとみんなでおいしいものを食べに行ったり、旅行に行ったりしているそうだ。

竹炭づくりは全てが手作業。炭窯に竹を搬入するのも大変な力作業だ(画像提供:エシカルバンブー)

「西村先生がいつも言ってるんですけど、『おじいちゃん、おばあちゃんは独身者だ。だから孤独にならないように、毎週土曜に炭窯に集まって作業するんだ』って。そしたら、誰かが来なかったときに『あの人こないな、どうしたんだろうっていう安全確認になるし、みんなでお茶を飲んだりご飯を食べたりするのは楽しいだろ?』って。炭窯はそういう場なんですよ」

だから残したいと守ってきた炭窯のコミュニティだが、実は今、ちょうど転換期を迎えている。

「皆さんのほとんどが、もう80歳、90歳なんですよ。いつかけじめをつけなきゃいけない。そう思い始めた矢先に新型コロナのパンデミックが起きた。思うように活動できない中で、伊藤さんと西村先生とも何回も話し合って、いよいよ次の世代に受け継ぐ準備を始めなきゃね、ということになったんです」

2022年2月、炭窯のメンバーの皆さんにありったけの感謝の気持ちを込めて卒業式を開いた。そして手狭になってきた炭窯も、場所を変えて新たにつくることにした。さぞかし勇気を必要とする決断だっただろう。

2022年2月に行った炭窯の卒業式の様子(画像提供:エシカルバンブー)

「できることならずっと皆さんと一緒に活動したい。でも伊藤さんや西村先生から受け継いだこの事業は、今ある資源を未来に繋ぐ大切なもの。その未来を担う者として、この事業を100年先に繋げるための新しい1歩を踏み出さないといけなかったんです」

2021年3月、炭窯のグループの中心メンバーだったおじいちゃんが急逝したことも「これから」を考える大きなきっかけになった。家族から田澤さんに届けられた遺品の中には、「いい炭を焼くために」と綴られたノートがあった。そのノートを見て「この事業はいろんな人の想いが詰まった事業なんだ」と改めてこの事業への想いを強くしたという。

伊藤さんから継いだ竹ミネラルの洗剤は「BambooClear」として海外でも販売されている

田澤さんは会社を設立したときに、環境に関わるこの事業を「100年続く事業」にすることを目標にした。その覚悟は「エシカルバンブー」という社名にも表れている。

「会社名に『エシカル』をつけたからには、その名に反する行動をしちゃいけない。だから正直怖かったですよ。でも、その覚悟がないと100年先の未来をうたえないと思うんです」

100年先の未来のために必要なこと。エシカルやSDGsとは何かということを、田澤さんはおじいちゃん達の生きざまからも学んでいる。

「結局、誰かを想うことが究極にエシカルというかSDGsなんですよね。誰かのために、今ある資源を残すこと、つなぐこと、そういうことなんだと思うんです

西村さんを送迎する製造主任の重田直輝(なおき)さん。伊藤さんや西村さんの意思を継ぎ次世代を担う

地元のおじいちゃんおばあちゃんたちが、お互いを想いやる気持ちで受け継がれてきた竹ミネラルの事業。関わってきた人たちの想いを事業承継という形で引き継いだ田澤さんは、100年後を生きる次世代に向けて、エシカルバンブーの理念を循環させていく。


継いだもの:竹ミネラルの技術と炭窯コミュニティ

住所:山口県防府市真尾12−1

TEL:0835-36-1522

エシカルバンブーホームページ

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