
機械では出せない味わいを刷る職人
秋田県能代市の一角に、昔ながらのスクリーン印刷工場「ハマヤプロセス工芸」があります。ここで希少となった手刷りの大型スクリーン印刷機を40年以上操ってきたのが、印刷職人・浜屋巧さんです。
スクリーン印刷とは、細かな網目状のメッシュスクリーン(版)にインクを通し、下の素材へと転写する技法。印刷したい部分だけインクが抜けるように版を作り、ヘラでインクを押し出しながら一枚ずつ刷っていきます。この“手で刷る”工程こそがスクリーン印刷の醍醐味です。一版ずつ色を重ねる際のインクの配合や、ヘラを押す力加減、角度の微妙な調整は、すべて職人の感覚に委ねられています。その手の動きひとつで、仕上がりの濃淡や質感が変わり、同じ版でも二つとして同じものは生まれません。まさに、職人の経験と感覚が作品に宿る技術です。


守り続けたスクリーン印刷技術
浜屋さんは20代の時、東京でこの印刷方法に出会いました。百貨店などの華やかなディスプレイが店内を彩っていた時代です。故郷の能代に戻った浜屋さんは30歳で独立。スクリーン印刷を武器に新しい人生を始めました。その後、地元スーパー「いとく」の全店舗のPOP広告を引き受けるなど、秋田の商業を支えてきました。

しかし1990年代後半から2000年代にかけて、デジタル印刷の普及で仕事は減少。それから約20年。浜屋さんは新しい印刷機器も導入しながら、スクリーン印刷の灯を消さずに守り続けてきました。

機械が奪えなかった価値
浜屋さんの技術の象徴が、独自開発した「杉の賞状」です。木の温もりと手刷りの風合いが合わさった唯一無二の仕上がりで、手渡された人が思わず飾りたくなる存在感があります。デジタル印刷では出せない“素材と対話する味わい”こそ、スクリーン印刷の魅力です。

手で刷るからこそ、一枚一枚に作家の魂が宿る。「そういう芸術的な部分が好きな人は、このスクリーン印刷機で、自分の表現を追求できる」と浜屋さんは言います。
現在、年間の売り上げの大部分はシート出力機を使った、能代市の夏のイベントで使用する案内看板制作で、スクリーン印刷の売り上げはわずか1割。それでも浜屋さんは手刷りのスクリーン印刷を続けています。「スクリーン印刷は私にとって生涯の命題です」と語るように、40年以上の間、自分の人生をかけて守ってきた技術を消したくないのです。
新しい世代に技術を託したい
手刷りのスクリーン印刷は、職人の高齢化やデジタル化によって衰退の一途をたどっています。
「元気なうちに教えたい。今のうちなんです」。技術と機械を託したいという思いは切実です。


後継者は、生活費を別の仕事で支えながら工場に通い、実地で学ぶ必要があります。浜屋さんが提供できるのは、技術と設備、そして時間。工場は学びたい人に開放し、最終的には全ての機械を無償で譲渡する考えです。
理想とする後継者像は「デザイン力・企画力・パソコンスキル」の三つを持つ人。浜屋さん自身が販路拡大に苦労した経験から、この三つがあればスクリーン印刷で収益化できる可能性が大きく広がるといいます。

オリジナルTシャツやグッズ制作、杉の賞状のような独自商品の展開など、この設備を使って自分の表現を形にしたい人。そんな情熱ある人に技術を引き継いでほしい。
手刷り職人が守り続けてきた技術を未来へとつなぐ、情熱ある人の挑戦を、浜屋さんは待っています。
