
ここは木曽郡上松町。
長野県の南西部、木曽谷に位置し、中央アルプスの雄大な山々に囲まれています。
清流・木曽川が流れるこの町は古くから木曽檜の産地であり、また中山道の宿場町としての歴史も色濃く残り、江戸時代から続く林業文化が今も息づいています。人口約4,000人のこの小さな町で、山と人が寄り添いながら暮らす知恵が、世代を超えて受け継がれてきました。
静かな木曽谷の山にいま異変が起こっています。
去年(2025年)の5月、ツキノワグマの目撃情報が急増し、長野県は木曽地域に「ツキノワグマ出没注意報」を発出。百田さんのジビエ工房では、例年、年間7頭ほどのペースでさばいていたツキノワグマが、11月の時点ですでに50頭を超える勢いだといいます。
日本全国でも熊の異常出没が起きています。2025年の4月から10月までの人身被害は176件、被害者数は196人と、記録のある2006年度以降で最悪のペース。4月から9月の出没件数は過去最多の2万792件に達し、前年の2024年を約5,000件も上回りました。この状況を歯がゆく思っている方も多いのではないでしょうか。
近年の地方地域は、森林資源の活用と保全のバランスが課題となる中、まちを取り囲む豊かな木曽の森では野生動物との共生も大きなテーマになっています。山に熊が頻出してしまうと、林業はおろか、暮らしも儘なりません。
いまでも山や森に囲まれたくらしの文化が色濃く残る木曽地域ですが、近代化が進み、人が山に入らなくなってしまい、高齢化や過疎化も進んだことで、かつて100人以上いた狩猟家は5分の一以下に。
そして、現在、木曽地域で熊狩をして熊を捌く「ジビエ加工処理施設」を持つのは、唯一、百田健二郎さんの工房だけです。熊を捌く保健所の許可を持つ工房は全国でも数少なく、貴重な存在でもあります。
山深い上松町へ、百田さんに会ってきました。

到着するや否や、まさかの<現場>でした
「今朝、2頭も獲れちまってな。早く内臓を出さんと悪くなるんだわ」
そう言いながら百田さんは、すでに解体作業の真っ最中。自己紹介もそこそこに、血を洗い流しながら手を動かし続けています。静かな山の朝に、刃が骨に当たる音が響き、取材は思わぬ緊迫感の中で始まりました。

例年であれば「一年に7頭ほど」。しかし、2025年は11月時点ですでに50頭超え。「本来なら12月には冬眠に入って落ち着くはずなのに、今年はまったく読めん。意味がわからん」と、50年山を相手にしてきた百田さんですら首をかしげるほどの異常事態だといいます。
南北に長い木曽谷で捕獲された熊を“さばいて流通できる人”は百田さんだけ。「電話が鳴ったらすぐ行かんといけん。今年は、毎日が緊急で、日常なんか無いよ」と御年78歳のベテランにも疲労の色が滲みます。

作業場の奥には、大型冷凍庫がいくつも並んでいましたが、どれもすでに満杯に近い状態。これ以上増えると、せっかく獲れた熊の命をいただくことすらできず、掘った大きな穴に埋めるしかなくなるそう。命を無駄にしてしまう現場に、胸が痛みました。
この現実を解決できるのが百田さんお一人なことも心配です。78歳の百田さんは本当にお元気ですが「この先どうなるのか」と不安を口にしていました。山の変化、熊の急増、担い手の減少。その全部が重なり、地域の大切な営みそのものが失われる危機に立たされています。
山の健全化 ✕ 熊経済の担い手
目の前で展開される“現場”の切迫感は強く心を揺さぶられました。自然と人のバランスが崩れた絶望の中に、実は、希望も垣間見えます。
熊肉は決して「害獣の副産物」ではありません。
たとえば、長野県内のオーベルジュ「Byaku Narai」では、熊肉が高級食材として扱われ、国内外の料理人がその滋味深い味わいに注目しています。また「熊の胆」は古来から貴重で、高価な薬効素材として知られています。その価値は、山からいただく命を決して粗末にしない営みとつながっています。
大都市圏からの問い合わせも多く、今後、マーケットとして可能性がある分野です。


そして何より、百田さんの食肉加工技術は、全国の料理人や猟師から依頼が絶えないほどの腕前。鉄砲、罠、解体、加工、パッキング、EC販売、発送まで。それらをすべて一人で担える存在は、もはや<職人>という枠を超え、「地域の救世主」というべき貴重な担い手です。
この技と知恵がこの地域に受け継がれるされるかどうかで、木曽の山の未来は大きく変わっていく。

山や森、野生動物の現場に関心がある方、そして「熊経済」に希望を見いだせる方、ぜひ百田さんの弟子になりませんか。
短期でも中期でも構いません。捕獲後の搬送や解体補助、加工の手伝いなど、百田さんのそばで学びながら支える役割があると思います。78歳の御仁が、鉄砲も罠も、さばきも、何役もこなしながら山と向き合い続けています。この忙しさを誰かと分け合い、未来の担い手につなぐことが、今まさに求められています。
百田さんは、20代で木曽の山に入り50年。山が好きで、春は山菜採り、夏は川釣り、秋はキノコ狩り、冬は狩猟。四季の山と暮らしてきました。狩猟は仕事ではなく日常の一部だったといいます。

そして、百田さんは、熊猟師・ジビエ工房だけではなく、国道沿いに物販、飲食施設も営んでおり、山の恵みを地域内外の方々に味わってもらう仕組みをつくっています。山菜やキノコを売ったり、漬物や発酵食品をつくったり。一年を通して山に入り山の恵みをいただく知恵やノウハウを持った方です。
熊経済、そして、山の経済が育つことで、木曽の山にも、未来にも、静かに光が灯るはずです。
