
いい匂いがする牛舎
牛舎、と聞いて思い浮かべるのはどんな風景でしょうか。
糞尿の匂いが漂い、薄暗く、足元はぬかるんでいる。そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。
ところが新潟県津南町にある桑原茂さんの牛舎に足を踏み入れた瞬間、その先入観は覆されます。

空気は澄み、不快な匂いはほとんどありません。代わりに感じるのは、乾いた籾殻(もみがら)の香ばしさと、ほんのりと酸っぱい発酵の香り。
この牛舎は、1頭ずつつないで飼育する「つなぎ飼い」の方式で、牛たちは落ち着いた様子でゆっくりと餌を食べています。
この空間そのものが、酪農家・桑原さんの45年の答えでした。

父の背中を追い、雪国で営む酪農
桑原さんが酪農の道に入ったのは1980年、父の跡を継ぐためでした。
この地域で酪農が広がったのは、1960年代後半から1970年代にかけて。農家が冬の出稼ぎに頼らず暮らすため「牛飼いで生きる」という選択から始まりました。
津南は雪国で山に囲まれ、酪農の大規模化が難しい地域です。そのため牛を増やすのではなく、1頭あたりの生産性を高めること、そして餌を自分たちでつくる「自給飼料」が欠かせませんでした。

桑原さんは8ヘクタールの畑を管理し、自給飼料のデントコーンを栽培・収穫しています。飼料はサイロで乳酸発酵させ、栄養価の高い保存食に。
その「少し酸っぱい香り」が、牛の健康と安定した乳質を支えています。

「牛の立場になれ」 カウ・コンフォートという哲学
かつて桑原さんは、乳牛の乳房炎に悩まされていました。
「本当にひどい時期があった」と振り返ります。
その経験からたどり着いたのが「COW COMFORT(カウ・コンフォート)」という考え方です。牛が快適に過ごせる環境を整え、本来の力を引き出す。「牛の立場になりなさい」という哲学でした。
2000年頃から、寝床に清潔な籾殻(もみがら)を厚く敷き、換気や給水環境を改善。すると乳房炎はほとんど発生しなくなりました。

「こっちが頑張れば、牛も応えてくれる」
牛は健康になり乳質も向上。2011年には「クリーンミルク生産農場」に認定されました。
「この頃からようやく、酪農が面白くなってきた」
桑原さんはそう語ります。

朝6時から夜11時まで。命と向き合う日々
豊郷乳用牛舎では、朝6時、牛舎に入り搾乳の準備を始めます。
20頭の搾乳が終わるのは9時半頃。その後は餌やりや清掃、機械の洗浄が続きます。
昼前からは畑へ向かい、作業は夕方4時まで。夕方にわずかな休憩を挟み、夜6時から再び搾乳と清掃。すべてが終わるのは夜11時頃です。

「きついわ、ほんとに」
それでも牛の状態が良くなり、自分のやり方が結果につながったときの喜びは大きいといいます。
この牧場の仕事は一人では成り立ちません。桑原さんも長年、奥さまやパートの方に支えられながら続けてきました。
忙しい毎日の中でも、作業の合間にこぼれる笑顔からは、牛と向き合いながら積み重ねてきた仕事へのやりがいが伝わってきます。

この牛舎を、次の挑戦の土台に
牛舎には、長年にわたり整えてきた設備が残っています。
さらに搾乳できる牛20頭と子牛5頭、農地は1ヘクタールの自有地と7ヘクタールの借地があります。


「あるものは全部、使ってもらって大いに結構」
そう語る一方で、本音はこうです。
「本当は辞めたくない。ただ体がついてこない」
酪農は決して楽な仕事ではありません。
それでも、自分の手で育てた牛が応え、積み重ねが結果になる手応えがあります。

この牛舎には設備だけでなく、地域で培ってきた知恵と技術があります。
そして加工や販売など新しい挑戦の余地も残されています。
45年の積み重ねを、次の挑戦の土台として活かしてくれる方を募集しています。




