美しい天井板を、全国の問屋へ

秋田県能代市。古くから秋田杉の集散地として栄え、製材業が非常に盛んだったことから「木都(もくと)」と呼ばれてきたこのまちに、ひとりの職人が40年近く守り続けてきた工場があります。
木工職人の藤田正夫さんは「藤田小割店」を営み、建築資材の製造、中でも装飾天井板を作り続けてきました。

藤田小割店が手がける主力製品は、「網代編み天井板」と「額縁天井板」です。
網代編み(あじろあみ)とは、薄く削いだ木の板を斜めに格子状に編み込んだ伝統的な技法で、茶室や数寄屋建築の天井に用いられてきました。
細かく整然と交差する木目の美しさは、現代の合板や壁紙では再現できない趣を持っています。1枚3尺×6尺(90cm×180cm)を仕上げるには、2人がかりで約1時間かかるといいます。

一方の額縁天井板は、額縁のような枠を組み、その内側に木材をはめ込んで仕上げる天井板です。木目や色合いの異なる木材を組み合わせ、向きや見え方まで計算しながら貼り合わせることで、美しい表情が生まれます。その上質な仕上がりから、ホテルや旅館など、格式ある空間の壁や天井にも使われてきました。

それぞれの装飾天井板に5割〜8割の秋田杉を使い完成した製品は、主に関東や関西、九州の問屋を通じて日本全国へと届けられます。
需要があるのは、昔ながらの家づくりの文化が今でも根付いている地域や、旧来の工法にこだわり・愛着をもつ方たちです。ホテルや旅館の壁面装飾に使われることもある上質な製品は、問屋を経由しながら着実に使い手のもとへ届けられてきました。
こうした高付加価値の製品を安定して作り続けてきた背景には、藤田さんの材料への目利き力と長年培ってきた加工技術があります。
勤めていた会社の倒産が独立への転機に
藤田さんが藤田小割店を始めたのは、1985年頃のことです。それ以前は木材関係の会社に勤めていましたが、会社が倒産。勤めていた時代から、製材の現場で目利きの力を磨いてきた藤田さんは、同業他社と差別化できるものを探しました。
そこで目をつけたのが、奈良県の大和地域で作られていた杉の割り箸です。
古くから奈良で作られてきた割り箸を「能代の杉」でも作れないかと考え、製造を始めました。

当時、能代でこの分野に取り組んでいる事業者はほとんどいませんでした。
「誰もやっていないからやった」という藤田さんの言葉は、その後の経営姿勢にも通じています。
割り箸製造で数年間腕を磨いた藤田さんですが、より採算が取れる事業を行うため、今度は建築資材、なかでも「銘木製材」と呼ばれる高付加価値の装飾材に軸足を移していきました。

木目がわずかに曲がっているだけでも使いものにならない銘木製材の世界では、何が「合格」で何が「不合格」かを見極める”目”そのものが技術です。長年の経験で培われたその感覚は、マニュアルにも数値にも落とし込めません。
「これくらいならいい、これはダメ」という判断が目と体に染みついているからこそ、高い精度の製品が仕上がります。「品質が良ければ成功する」というのが創業当初から変わらない信念です。

信頼できる技術・品質とともに、営業で各地を回ってきた経験が積み重なり、今では関東・関西・九州などの日本全国の問屋と長年の取引関係を築いています。
引き継いでほしいのは技術と感覚、ものづくりへの意欲
そんな木材に関わる仕事を長年続けてきた藤田さんですが、自身の年齢のこともあり後継者について考えるようになりました。

藤田さんが後継者に求めるのは、まず「やってみたい」という気持ちです。
特別な資格や経歴は問いません。ただ、手を動かすことへの感覚、ものが仕上がっていくことへの興味がある人でなければ、長く続けていくのは難しいと話します。古い機械を使いこなし、歯車やクランクのメンテナンスもできるような、手仕事や機械いじりに親しみのある人が理想的だといいます。
「作ったものが使われるっていうことは、やっぱり嬉しいですよ」
藤田さんの息子さんが自宅を建てた際、自ら作った天井板を特別に組み込んでもらいましたが、天井を見るたびに「自分の手仕事が息づいている」と、職人としての喜びを感じるそうです。後を継いでくれる方も、そんなものづくりの楽しさを感じられる人だと良いのかもしれません。

引き継ぎに際しては、工場の建物と機械設備、在庫、そして40年かけて築いてきた問屋との取引関係もすべて含まれます。加工技術や品質を見抜く目の習得には時間がかかりますが、当面は藤田さん自身がサポートに回ることを視野に入れています。
ただし、技術を覚えるだけでなく、経営の感覚も身につけていかなければならないとも強調します。「技術だけじゃなくて経営のことも考えていかないと、継いでも続かない」その言葉には、後を託す人への真剣な思いが滲んでいます。

建築基準法の改正によって断熱・防音が義務化されたことで、伝統的な和室が設けられにくくなってきた時代の流れが、製品需要を少しずつ圧迫しています。
それでも、関東や関西など旧来の工法を大切にする建築業者からの注文は根強くあり、この技術が社会から必要とされていることは今も変わりません。
40年間、能代の地で木材と向き合い、ひたすら高品質を追い求め、腕を磨いてきた藤田さんの仕事。その技術と精神を受け継ぎ、この工場に新たな息吹を吹き込んでくれる方をお待ちしています。



