津南町で唯一の飲食ビル

1979年に建てられた飲食店集合ビル。夜は窓から漏れるあたたかな明かりが、雪深い町を照らします。
ここで営業を続けているのは、津南で最も長く続く寿司屋、若者が集うダイニングバー、そして20年以上にわたり“アジアン酒場”として親しまれてきた「アジア料理 一平」です。
その一平が閉店することとなり、店内の設備や味、そしてこの場所そのものを引き継いでくれる後継者を探しています。

一平の店舗はいくつもの時代が重なっています。
もともとスナックとして産声を上げ、時代とともに焼肉屋、おでん割烹へと姿を変えてきました。店内にはスナック時代のカウンター、焼肉屋時代のテーブル、おでん割烹時代の提灯が今も残されています。


少年時代の夢を叶えた店主
アジア料理 一平の店主・山本正巳さんが料理人を志したのは小学生の頃。文集に「将来の夢はコック」と書いた少年は、18歳の春、中華の名店・重慶飯店(大阪支店)へ進みました。

四川料理の修行を重ね、24歳で帰郷。まずはラーメン店「一平ラーメン」を開業します。そこで生まれた激辛メニュー『ゲキメン』は、辛党の間で語り草となっていきました。

2002年、山本さんは夜の営業に挑戦する拠点として、この飲食ビルの一角に「アジア料理 一平」を構えました。
今でも津南を離れた人が帰省すると、足を運ぶのは一平です。
「おお、帰ってきたか」
山本さんがそう声をかけると変わらず「ゲキメン」に挑戦する。

「挑戦する」という言葉が似合う辛さでありながら、なぜかまた食べたくなる味。
少年の頃に思い描いた「料理人になる」という夢は、こうして今も津南町の日常の中で続いています。
津南の恵みから生まれた味
アジア料理 一平には津南の食材を生かした独自メニューがあります。その代表が「竹豚ラーメン」です。

津南の特産である津南ポークと、春の山の恵み・タケノコの千切りを使った一杯は、青椒肉絲(チンジャオロース)にとろみをかけたような味わい。にんじん、ピーマン、玉ねぎなどの野菜は津南産を中心に使い、麺はとろみに合う細麺を特注しています。

津南では夜遅くまで食事ができる店は多くありません。そのため一平は、夜遅くまで働く人や、草野球のナイター試合を終えた選手たちにとって、自然と足が向く寄りどころになりました。
食べて、飲んで、語り合う。
「夜遅くまでやっているだけで、助かる人がいるんですよ。津南の恵みを使って、暮らしに寄り添う店でいたかったんです」山本さんは、そう語ります。
顔と顔が向き合う店
アジア料理一平の客席はカウンターと座敷のテーブル席だけ。個室はありません。
でも、それがいいのだと山本さんは言います。

カウンターに座った客同士が意気投合し、隣の人に一杯奢ってもらうこともある。別々に来たお客さんが、この店で顔見知りになる。そんな光景が特別なことではなく日常としてあります。
「せっかく飲みに来たなら、みんなで楽しくワイワイやれた方がいいんじゃないかなって思うんです」
常連さんは時にわがままを言います。「これが食べたい」と言われれば、メニューにない料理でも、次の来店に合わせて用意する。それは商売というより、家族や友人に料理を作る感覚に近いのかもしれません。

30代から70代まで、幅広い世代のお客さんが集まるのもこの店の特徴です。オリンピックやWBCの中継を見ながら、店中が歓声に沸くこともある。その様子はどこかの家のリビングのようです。
人口が減り、飲み歩く文化も薄れてきた津南町。それでも一平に人が集まるのは、ここがただ食事やお酒を楽しむ場所ではなく、顔を合わせ、言葉を交わし、人と人がつながる場所だからです。
発信基地としての飲食ビル
山本さんは今、この店を閉めようとしています。理由は体調面。閉店予定日は2026年5月と決まりました。けれど、できることならこの場所を誰かに引き継いでほしい。津南の夜を照らしてきた、この灯を消したくないという思いがあります。

「ラーメン屋でなくても構いません。継いでくれる人が、ここで何をしたいのか。それが一番大事だと思っています」
座敷のつくりを生かせば、和食など別の業態も可能です。もちろん竹豚ラーメンやゲキメンの味を受け継ぎたいと言われれば「いくらでも教えます」と山本さんは言います。
この想いに寄り添うのがこの飲食ビルのオーナーであり、同じ建物でダイニングバー「キッチンジジ」を営む福原太さんです。

有機農法で米や野菜を育てる農業法人、株式会社亀福の代表でもある福原さんはこの飲食ビルを、人やアイデアが集まり、新しい挑戦が発信できる場所にしたいと考えています。
「このビルと津南を一緒に盛り上げてくれる人に来てほしい。ここから新しいカルチャーが生まれたら嬉しいですね」
福原さんはサポート役として、津南の暮らしや客層に合った店のあり方やメニューについても相談に乗ってくれます。
さらに最初から専業で飲食店を始めるのが難しければ、兼業という道もあります。福原さんの農業法人で働きながら夜だけ店を開く、あるいは週末だけ営業するなど、無理のない形で商いを始められる選択肢が、ここにはあります。

山本さんが守ってきた味と場。福原さんが描くこれからの津南と飲食ビルの姿。
二つの想いが今、この飲食ビルで重なっています。
アジア料理 一平の灯が消えることで、この店には新しい「挑戦の場」が生まれます。それは山本さんと福原さんから手渡される、次の担い手へのバトンです。

