
〈 この特集は…〉
地域で長く愛され、まちの個性となっている飲食店や一次産業、ものづくり産業、などの小規模事業者たち。しかし、多くの地域では後継者がいないことが理由で、歴史が途絶えてしまうかもしれません。自治体に求められているのは、事業の後継者を探し、地域の価値を承継すること。継業バンクを活用して継業が生まれた自治体の担当者に、活用に至った背景や成果をうかがいます。
地域:宮城県東松島市
担当者:復興政策部 復興政策課 大丸喜史さん、東松島市移住コーディネーター 関口雅代さん、産業部 商工観光課 安部秀亮さん
地元の商店街から、長く地元で愛されていたお店が少しずつ姿を消してゆく
仙台から電車で40分とアクセス良好な宮城県東松島市。澄んだ空と穏やかな海が織りなす青の風景に、野蒜海岸や奥松島の入り江、松島湾へと続く美しいグラデーションが広がります。ブルーインパルスが飛び交う大空もこの地ならでは。香り高い海苔や濃厚な牡蠣など、海と大地の恵みに育まれた、あたたかく懐かしいまちです。
東松島市では、2022年6月に継業バンクを開設。地域おこし協力隊制度を活用した移住・定住促進と事業承継支援を全国でもいち早く組み合わせた取り組みをスタートさせました。これまでの歩みについて、復興政策課の大丸喜史さん、移住コーディネーターの関口雅代さん、商工観光課の安部秀亮さんにお話を伺います。

2022年の継業バンク開設以降、3年で3名が技術・事業承継中(2025年4月)と順調な滑り出しを見せている東松島市。しかし、それ以前は事業者に対して積極的なサポートができていなかったといいます。
「そもそも、事業承継に関する相談を受ける専用の窓口自体がありませんでした」と安部さんは当時を振り返ります。廃業の相談に対しても、支援できる範囲は限られており、「あの店も閉めるらしい」「またひとつ、商店街から店が消えていく」といった状況を、ただ“事実として受け止める”しかなかったと言います。
一方、移住・定住施策の推進業務を担当する復興政策課では、2016年から地域おこし協力隊制度の導入・運用をスタートさせました。東京から移住し、第1期の隊員として活動後、東松島市に移り住み、移住コーディネーターに就任した関口さんは、制度の導入が始まった当時をこう振り返ります。

「もともと、東日本大震災の復興支援で東松島に来てくださる方が当時たくさんいらっしゃったんです。地域の方も、外から来てくださる方に対しての抵抗感があまりなく、制度導入の際にも大きな弊害はありませんでしたね。復興支援ボランティアと地域おこし協力隊の違いがよく分からない、と混乱される方もいましたが、制度や協力隊の目的を何度もしっかり説明しました」
こうして、東日本大震災が人材流入のひとつの起点となり、東松島市に少しずつ協力隊の存在が浸透し始めたのです。

初年度は1年で数名、など受け入れ人数を絞る自治体も多いなか、東松島市は初年度から10名を受け入れ。地域おこし協力隊制度を移住促進策として積極的に活用し始めました。隊員の活動期間は最長3年間ですが、任期満了後の定住率は94%(2025年4月時点)と、全国平均の約6割を大きく上回ります。
“移住”と“継業”を掛け合わせる。他に先駆けた新たな取り組みをスタート
地域おこし協力隊が少しずつ地域に浸透していくなか、「その中でも、有望な人材が本市に来てもらうにはどうすればいいのか」と常に考えを巡らせていた関口さん。そんなとき、地方再生に携わる有志コミュニティの場で「ニホン継業バンク」を運営するココホレジャパン株式会社の代表と出会います。地域おこし協力隊制度の可能性を模索するなかで、ひとつの出会いが大きなヒントになりました。
「継業バンクは、“本気で承継したい”という強い意志を持った方と出会えるのが何よりの魅力だと感じました」と関口さんは話します。地域おこし協力隊の採用にあたっても、より適した人材と巡り会える可能性に期待が高まり、すぐに関係者と相談を開始。その後は、大丸さんが中心となって庁内の関係課との調整を進め、仕組みづくりが一気に動き出しました。

「継業」というテーマは、ひとつの課の中だけでは完結しない。担当課の垣根を越えた連携が不可欠だったと大丸さんは話します。
「本来、事業承継は商工観光課が担当で、復興政策課の業務外、という意識があったんですね。ただ、継業バンクは移住定住からのアプローチとしても魅力的で。地域おこし協力隊制度とかけ合わせることで、自分たちの望む人材に来てもらえるのではと思いました。そこで、この話に関連してくる課に声をかけたんです。たまたま係長同士が同世代ということもあり、みんなフットワーク軽く応えてくれて。市長にダイレクトに相談し、開設に向けてスピーディーに動くことができました」
地域おこし協力隊と事業承継支援を掛け合わせた取り組みは当時先進的で、東北初となる試み。担当者同士の力強い推進力、そして移住支援、ということで比較的予算が獲得しやすかったことも後押しとなり、2022年6月継業バンクを開設に至りました。
「継業バンクの取り組みについては、元々地域おこし協力隊の説明をした際に、受け入れたいと意思表示をしてくださった方に説明を行い、そのなかでオープンネームに対して抵抗がない事業者さんに参加してもらうことになりました」
所属や立場は違っていても、目指す先はひとつー。“移住”と“継業”を軸に、地域の未来を見据えた新たな挑戦が動き出します。
「継業って、そんなに簡単なものではないよ」ある経営者からの一言
継業バンク開設後には事業者にアンケートを実施。地域の事業承継課題が明るみとなりました。

「『具体的なことを考えていない』『どうしたら良いかわからない』などそれぞれ課題が全然違うところにあって、悩んでるのにそれを受け止める先がないんだな、ということが改めて分かりましたね」
2024年には石巻、東松島、女川圏域のさらなる連携強化として、移住と継業について考えるフォーラムを企画することに。当初はセミナー形式で、と案がまとまっていたところ、関口さんはひとりの経営者の方からある言葉をかけられます。
「企画の構想を、日ごろからお世話になっている経営者の方にお話ししたときのことです」と語るのは、企画を担当した関口さんです。
「その方に言われたんです。『継業って、そんなに簡単なものじゃないよ。行政の立場と経営者の立場では見ている景色が違う。まずはそこを理解することから始めた方がいい』と」関口さんは、この出来事を通して継業の難しさを再認識したと語ります。
「たしかに、自分の代で事業を終える方が楽な場合もあります。にもかかわらず、“誰かに託す”という選択をする。その重さを、私たちは本当に理解しているのだろうかと思ったんです。継業は、覚悟が問われる、とても繊細で難しい問題なのだと改めて感じました」だからこそ、一方向的に知識を伝えるセミナー形式ではなく、「立場を超えて話し合える場」をつくるべきだと考えた関口さんは、急きょフォーラムの形式を座談会に変更する決断をします。
「一度でもいい。経営者も行政も、地域に関わるみんなが、“継業”というテーマを前にして、じっくり話をする機会を持ちたかったんです」
その言葉からは、表面的な情報提供にとどまらず、当事者の声に真摯に耳を傾けたいという思いが強く伝わってきました。

「動き出す前は分からなかったことも、やってみることで見えてきたんです。行政、商工会、支援団体、いろんな立場、考え方があるんだなと。ただ、地域という枠組みでみたときに、やっぱりこれはみんなで課題感を持ってやるべきなんじゃないのかという意識は芽生えたんじゃないかなと思うんです」
今回の座談会を通じて、地域内の関係者が対話し、協働に向けて一歩を踏み出すきっかけになったことは、大きな成果だったと関口さん、安部さんは語ります。

オープン型の事業承継がもたらした変化の兆し
現在、東松島市では継業バンク開設から約3年で3名の隊員が技術・事業承継中。3年の活動期間後も見据えながら、日々現場で奮闘しています。隊員の着任をきっかけに、現場が活性化し、受け入れ側の意識にも変化が芽生えるなど、地域に新たな息吹がもたらされています。

「事業者さんは受け入れに際して金銭的負担がないので、来てくれる人がいるなら来てほしい、という意識になることもあります。ただ、しっかり技術・事業を承継することが目的ですよ、ということはお伝えしていますね。今後は、決断をして踏み出してくださった方にも、もう少しサポートしていきたいです」

「オープンネームでの事業承継は、地域にとって新しい風だと思います。記事が出たことで、近隣の事業者の状況が見えるようになり、『あの店、廃業する予定だったんだ』と初めて知ることもありました。これまでは、そうした情報が共有されることはほとんどなく、知るすべもなかったんです。ただ、もし情報がもう少し早く共有されていたら、手を取り合って何か一緒にできたかもしれない、廃業せずに済んだかもしれない、そんなケースもきっとあったのではないかと思います。」
着実な変化は、相談件数にも表れています。継業バンク開設以降年に1回開催している個別相談会では、2年で計7件の相談が寄せられました。
「『市役所もこういう取り組みをするようになったんだね』と、地域の方々から驚き混じりの声をいただくようになりました。現在継業バンクに掲載しているバイクショップも、地元の商工会の指導員の方からご紹介いただいたものです。少しずつではありますが、支援機関同士の横のつながりが芽生え、継業に向けた動きが地域のなかで広がり始めています。こうした積み重ねこそが、継業を一歩ずつ前に進めるための大きな支えになるのだと感じています」と安部さんは話してくれました。

関口さんは今後注力していきたい展望について、こう語ります。
「記事をきっかけにお問い合わせいただく方は多く、当初の狙い通り、思いの強い方が多い印象です。ご縁がつながるまでのスピードも早く、非常に手応えを感じているので、今後もこうした情報発信を積極的に活用していきたいですね。ただ一方で、地元の魅力的な企業さんにこちらから直接『継ぎ手を探しませんか?』とはなかなか声をかけづらい部分もあります。だからこそ、説明会のような場が自然なきっかけづくりになっていて、とても有効だと思っています。
また、地域おこし協力隊といった制度を使わずとも、必要としている事業者と望む人材がうまくマッチングする仕組みがあっても良いのではないかと感じており、他地域の事例もぜひ学んでいきたいですね。」
地域の魅力ある事業を守りたいという強い思いを胸に、事業者の視点に寄り添いながら、実直に後継者問題や移住促進に取り組む3名。互いを尊重し合い、確かな信頼を築く姿が印象的でした。これからも移住と事業承継を推進していく、力みなぎる東松島市の今後が楽しみです。
東松島市では、移住・定住情報サイト「ひがまつ暮らし」(https://www.city.higashimatsushima.miyagi.jp/higamatsugurashi/)で継業バンクも含めた移住定住に係る情報発信を行っております。お気軽にお問い合わせください。