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2024.04.03

本の街・神保町で唯一の新刊絵本専門店を継業。人と人がつながる「ブックハウスカフェ」

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:東京都千代田区神保町

継ぐひと:今本義子

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:平木理平 写真:日野敦友 編集:中鶴果林(ココホレジャパン

本の街で愛されていた児童書専門店の閉店

本の街・神保町。東京の真ん中に位置するこのエリアは、その名の通り約130もの古書店が立ち並ぶ。洋書、アート、歴史、哲学、文学、映画演劇、地図など、さまざまな分野の貴重な本を求め、あるいは予期せぬ出会いを求めて、多くの人々が古書店街を行き交う。

そんな本の街で唯一の新刊絵本を取り扱う児童書専門店「ブックハウスカフェ」。最新の絵本から希少な絵本まで約12,000冊の絵本が揃うこの書店には、老若男女問わず多くの人々が訪れる。比較的年齢層が高い神保町で、それは珍しい光景とも言える。

神保町駅から歩いて数分。靖国通りに面したブックハウスカフェ

「赤ちゃん連れや子ども連れの家族が多く来てくれるのは嬉しいですね。子どもが来てくれることで、この街にも未来があると実感ができます」

そう語るのは「ブックハウスカフェ」の社長・今本義子さん。2017年5月5日のオープン以来、新刊の児童書専門店という難しい経営を、さまざまな創意工夫で乗り越えてきた人物だ。

今本さんに案内してもらいながら店を回ると、天井に描かれた太陽と月の素敵な絵が目についた。「ブックハウスカフェ」のシンボルとも言える絵なのだが、実はこの絵は店がオープンする前からあったものだという。

ブックハウスカフェのシンボルである天井画。ブックハウス神保町がオープンする際に、店舗や博物館、オフィスなどの空間プロデュース会社「乃村工藝社」が手がけたものだそうだ

「以前この場所には『ブックハウス神保町』という素敵な絵本屋さんがあったんです。読み聞かせのイベントが頻繁に行われていたり、店の中央には子供が遊ぶスペースもあって、私も子育てをしている時によく利用させてもらっていた大好きな書店でした」

多くの子どもたちとその家族に愛された店だったが、2017年2月に惜しまれながらも閉業することに。本の街・神保町から絵本とこの素敵な空間が消える。そのことに危機感を抱いた今本さんが悩んだ末に店を引き継ぐことを決意し、新たな児童書専門店として誕生したのが「ブックハウスカフェ」なのだ。

「ブックハウス神保町」との特別な関係性が、今本さんを「承継」へと導く

「新刊書店の経営がどんなに厳しいかは分かっていたはずなのですが、なぜか当時は、できる!と思ったんです。でも、家族も友人も近所の書店さんたちも、みんな心配してくれて、反対の意見も多くありました」

引き継ぐことを決めた7年前の心境をそう振り返る今本さん。周りの反対があったように、いくらその店が好きでよく通っていたと言っても、店を引き継ぐことまでは簡単に決意できるものではないはずだ。今本さんにブックハウスカフェをオープンするまでの経緯を訊ねた。

「実はブックハウスカフェが入っているこの建物は、私の実家の『北沢書店』のビルなんです。北沢書店は1902年に祖父が創業した書店で、祖父の代は国文学、両親の代から英米文学を中心に扱う洋書専門店になりました。私は大学を卒業後銀行に勤めていましたが、バブルの頃、家業の人手が足りなくなり、銀行を辞めて書店の仕事に入りました」

北沢書店は今もブックハウスカフェの2階で営業中

「しかしインターネットで気軽に個人で洋書も買える時代になり、店をよく利用してくれていた大学の人文学系の先生方も予算がかなり削られてしまったりして、次第に北沢書店の経営も苦しくなっていきました。それで1階のフロアはテナント貸しすることにし、『ブックハウス神保町』が入ってくれることになったんです」

神保町の絵本文化を守る価値ある書店として、子どもから大人まで多くのファンを獲得した「ブックハウス神保町」だったが、出版社が出資するメセナ的な意味合いもあった書店だったため、10年以上経った時点である一定の役割は果たしたとされ、2017年に閉店することに。今本さんは前々から閉店することは聞いていたが、当初は店を受け継ぐ考えは全くなかったという。

「また別の本屋さんが入ってくれたら、という気持ちで次のテナントさんを探しましたが、

結局良い借り手は見つかりませんでした」

神保町駅近くの靖国通りに面した好立地なこの物件は、テナントの募集をかけたらすぐにどこかが手を上げてくれそうな場所ではある。しかしどんどん書店の数が減っていく今の時代、なかなか手を上げてくれるところはなかった。

もし書店以外で募集をかけたら、すぐにテナントは埋まるだろう。しかしそれではこの場所は、コンビニやドラッグストアになってしまう。そうなれば太陽と月の天井画もきっと消えてしまう。この空間の価値を理解する誰かが引き継がなければ、もう永久にこの場所は戻ってこない。

そう考えた今本さんは、徐々に承継への思いを募らせていく。「ブックハウス神保町」と、そしてこの神保町という街と深いつながりがあった今本さんだからこそ導かれた思いだったのだろう。そして「ブックハウス神保町」で働いていたスタッフとも話し「もう自分たちでやるしかない」と腹を括った。

「ブックハウス神保町」が残してくれた空間を引き継いで、新たな児童書専門店をオープンすることを決意した今本さん。一度閉店した「ブックハウス神保町」の空間を賃貸で引き継ぎ、オープン日は5月5日の「こどもの日」に決めた。店長は「ブックハウス神保町」のスタッフだった茅野さんが務めてくれることになり、今本さんの大きな支えとなった。

「茅野は『ブックハウス神保町』で10年以上働いていたので、絵本の知識が豊富なんです。それから絵本作家さんたちとのネットワークもあるので、イベントや原画展をやるにもハブとなって動いてくれます。私は経営的な部分、茅野がお店の運営という形でうまく分担しながらできているので、今も本当に力になってくれています」

承継後の屋号を「ブックハウスカフェ」に決め、株式会社化して社長に就任した今本さん。株式会社化は融資を受けられるようにするために必要なことではあったが、それと同時に本気で事業としてやるという意思の現れだった。

資金集めとランニングコストという試練

しかし、そこからは苦難の連続だった。

書店を始めるにはお金がかかる。本を仕入れるためには取次と契約を結ぶ際にかなりの保証金を支払わなければならず、さらに最初に在庫を揃えるためのまとまったお金も必要だった。

そうした書店経営にまつわるお金については銀行から融資を受けようとしたが、なかなか融資の話は進まなかったという。銀行も昨今の書店経営の難しさを理解しており、「新規の児童書専門店」では融資の審査が通りにくかったのだ。書店だけでは売上をつくれないと考えていた今本さんはカフェの併設も計画しており、その改装工事のための資金は借りることができたが、結局、書店経営の資金については銀行から融資を受けることはできなかった。その知らせが届いた時、開店日はあと2ヶ月ほどに迫っていた。

途方に暮れた今本さんは、長年書店経営に携わっていた人脈を活かして児童書を扱う出版社に店の窮状を相談し、出資のお願いに行った。

ほとんどそれは最後の望みだったが、今本さんが書店を案内しプレゼンしたところ、出版社の社長は「この店は残さなくてはいけない」と、その場で出資を即決。「ブックハウスカフェ」の理念と意義に賛同してくれたのだ。

こうして資金面の問題をクリアし、急ピッチで店の開店準備を進めていった。そして2017年の子どもの日、5月5日に無事にオープンすることができた「ブックハウスカフェ」だったが、まだ試練は終わらない。

「1冊1000円の絵本が売れても、書店の利益は約200円なんですよ。本だけで利益を上げることは厳しい」と、書店経営の難しさを今本さんは語る

神保町という東京のど真ん中の立地という条件も、資金面の問題に拍車をかけた。

「ランニングコストの問題はとても悩ましいものでした。実家のビルではあるんですけど、私のビルではないので家賃が発生するんですよね。家賃、人件費、その他もろもろ、

店を開けているだけで驚くような固定費がかかります」

「ブックハウスカフェ」の収益のつくりかた

それでは莫大なランニングコストの問題をどのように解決していったのか。

「ブックハウスカフェで一番大事な部門は『書店』です。ただ書店は赤字覚悟の商売なので、そこをカフェやバーといった飲食が支える作戦です」

ブックハウスカフェを訪れるとわかるが、一目で「本を売っているだけ」の店ではないことがわかる。まず店の中央には、テーブルと椅子が置かれており、ランチやカフェが楽しめるようになっている。さらに店の奥に進むとバーカウンターまでもが設けられており、夜にはお酒が楽しめる場所に変わる。

店内中央のカフェスペース。写真奥がドリンクやフードをつくるスペース
バーの営業時間帯は表の玄関は閉じ、裏口の小さい扉から入ることができる。児童書専門店とは思えない特別感の演出が大事だと今本さんは語る

「開店時の予想ではカフェで大きな利益が出ると思っていたのですが、忙しかった日でも集計すると、目標の半分程度の売り上げでがっかりしたものでした。そこで、もっと利益を出すためにお酒に挑戦することにしました。お酒は利幅が期待できる商売です。絵本の店でお酒?と驚かれましたが、意外な組み合わせが注目されるようになりました」

バー営業を始めた当時は経営的にも非常に苦しい時期であり、崖っぷちの中での一手だったというが、結果的にこれが経営を上向かせるきっかけになった。

飲食以外にも、ブックハウスカフェでは「イベント」と「場所貸し」も行っており、連日のようにトークイベントや読みきかせ、ワークショップ、音楽ライブ、作品展などが開催されている。

「『書店』と『飲食』と『イベント』と『場所貸し』。この4つがうまく連携すればなんとかやっていけるようになりました。とにかくたくさんの人に来てもらえる店にすることを一番大事にしています」

店内右奥にあるギャラリー「こまどり」。1週間99,000円で借りることができる人気のギャラリー。12月時点で翌年の3〜6月までほぼスケジュールは埋まってしまっていた
ビルの2Fにも貸しスペース「ひふみ」がある。「こまどり」よりも広く、展示会以外にもコンサートや講演会などにも使われている

「絵本を売る」書店ならではの苦労もある。プレゼント選びなど、お客さんから本の相談をされることが多く、丁寧に応えているとどうしても長い接客になってしまう。親切な接客は何よりも大事だが、本の利幅が小さいため人件費のコストが利益を上回ってしまうのだ。

しかし、今本さんは新刊の絵本を売ることの大切さを強調する。

「新刊書店の経営は厳しいですが、素晴らしい仕事だと思っています。新刊を売るからこそ作家さん、出版社、紙印刷製本のところまで還元されていくので。新刊を売ることが、出版文化を支えていく。やりがいのある仕事だなと思っています」

今本さんがおすすめしてくれた絵本

「ブックハウスカフェ」を訪れると、一般的な書店とは全く異なる、肩肘張らない幸せな雰囲気を感じる。店員さんにアドバイスをもらいながら絵本を探している人もいれば、カフェスペースで友人や家族と談笑している人もいる。ギャラリーでは作家とお客さんが談笑している姿も見える。

「リアル書店の魅力というのはスペースの魅力と接客に尽きると思うんですよね。だからこそイベントだったりバーだったり、お客様の興味が続いていくような仕掛けが大切。お客さんにもう一度ここに来たいと思ってもらえるような、幸せな場所であることが大切なんです」

「ブックハウスカフェ」は、絵本好きのお客さんだけでなく、絵本作家やイラストレーター、出版関係者など、多くの業界人が集う場所でもある。そうした人たちがブックハウスカフェのイベントで出会うことで、絵本が生まれたケースもあるという。

「ブックハウスカフェが生きているように感じるときがあります。私たちの想像を超えて、

絵本が好きなお客様がどんどん集まってきて下さることで、お店が自然に育っていく感覚があるんです。はじめは『子どもが絵本に出会う場所』が店のコンセプトでしたが、店を続けていくなかで変わってきました。絵本のある場所で『人が人に出会う場所』なんだと思います」

書店の機能を超えて、人との出会いがもたらす楽しさや居心地の良さに溢れた場所だからこそ、ブックハウスカフェは今も多くの人に愛されている。

コロナ禍がもたらした店と今本さんの変化

しかし現在に至るまでには、コロナ禍にも直面した。書店に訪れる人は減り、対面でのイベントは当然開けない。ギャラリーの貸し出しもキャンセルが続き、売上は大幅に減少した。

「たくさんの人が集まる」ことを目指した「ブックハウスカフェ」にとって、コロナ禍による混乱は大きな打撃となった。

「融資も補助金もおりるまでに時間がかかり、残高が100万円を切ってしまうような状況で本当に危機的な状況もありました。そこで、『サポーター制度』という店独自のクラウドファンディングを立ち上げることにしました」

2020年12月に立ち上げたサポーター制度。1口3000円で支援をすることができ、選んだプランに応じてカフェチケットやプレゼントなどをお礼として渡す制度

サポーター制度への反響は今本さんの想像以上のものだった。

「本当にたくさんのお客様に応援を頂きました。もう打つ手がないなと思っていた時のことだったので、本当にありがたかったです。お客さんがこの書店の命を繋いでくれました」

サポーター制度の立ち上げを含め、コロナ禍での書店経営の経験は、今本さんの店に対する意識を大きく変えるきっかけとなったという。

「zoomで配信できるようにwi-fi環境を整えたり、2Fのギャラリーを配信スタジオとしても使えるような仕様にしました。結果的にコロナ禍があったからこそ、書店としての体力がついたと思います」

さらに「必要とされる店とは何か」を考えるようになった今本さんは、社会的な取り組みにも力を入れるようになった。現在ブックハウスカフェでは、病気や障害、医療的ケアがある子どもとその家族におでかけ体験を提供する団体「東京おでかけプロジェクト」と協働し、普段気軽に書店に来ることができない子どもと家族を招くイベントを定期的に行っている。

「今も決して経営状態は安心できるわけではない」と今本さんは語るが、児童書専門店という形態で7年近くも神保町で店を続けてこられたことは類い稀なる業績だ

こうした変化を通じて、「店の存続」から「必要とされる店へ」とフェーズが変わったとも言える「ブックハウスカフェ」。店を引き継いだ当初、今本さんは「石にかじりついてでも絶対に2年は店を続ける」と思っていたそうだ。しかし、その2年はとうに超え、さらにコロナ禍も乗り越え、今や「ブックハウス神保町」と同じように、いやそれ以上の価値をこの本の街にもたらす書店となりつつある。

「こう振り返ると、私は運がいいなと思いますし、守られている感じがするんですよね。一度でも完全にこの場所が失われてしまったら、もう二度とこんな店はできないと思うんです。『ブックハウス神保町』の10年以上に及ぶ基礎があって、それを引き継ぐことができたのは、大変ですけどすごくラッキーなことでもあるんです」

“ラッキー”と今本さんは表現したが、店というのはなにかひとつのピースが無くなれば、途端にその場所が無くなることにつながってしまうものだ。この神保町という街で児童書専門店を続けてこれたのは、知恵を絞り、さまざまな策を講じ、試行錯誤を重ねてきた今本さんとスタッフの努力があったからこそだろう。

「ブックハウス神保町」の10年間の蓄積を受け継ぎ、本の街・神保町で絵本を通して文化と人の縁を積み上げ続けているブックハウスカフェ。

幸せな雰囲気に満ちたこの書店は、今日も大勢の人の明るい笑顔で賑わっている。


継いだもの:児童書専門店の文化と空間

住所:東京都千代田区神田神保町2-5北沢ビル1F

TEL:03-6261-6177

ホームページ:https://bookhousecafe.jp/