地元で愛されるお菓子「バナナボート」の店
秋田県北部の日本海側に位置する能代市は、古くから米代川の水運を利用した交易が盛んで、江戸時代には北前船の寄港地として栄えていました。時代が変わり、今は陸路で秋田と青森をつなぐ交通の要所として、国道7号を日々多くの車が行き交います。
国道7号から100メートルほどの場所に建つ「フランス菓子カスミ」では、現在の土地・建物・設備を活用して洋菓子店を経営してくれる人を募集しています。
「カスミ」の看板商品は、地元能代市の人たちに古くから愛されてきた「バナナボート」。40年以上前には市内の多くの店で製造販売されていましたが、現在は、カスミや県内のパン製造会社ほか、製造販売する事業者は数えるほどとなりました。
カスミのバナナボートは、プレーン、苺、チョコレート、抹茶の4種類。程よい甘さのクリームの中に大ぶりのバナナ、それをふわっと包みこむしっとり食感のスポンジが、絶妙なバランスで溶けあいます。
一番人気は、フランス菓子の「オペラ」です。ビターチョコレートとコーヒークリームが層になった濃厚なケーキで、売り上げナンバーワンを誇っています。
約30年前、前のオーナーから親子で承継
現在のオーナーパティシェである伊藤寿哉さんは、1992年に前のオーナーから事業承継し、カスミを受け継ぎました。
前のオーナーがカスミを創業したのは1957年。当時は能代市に洋菓子店がほとんどなかったこともあり、東京で修業したオーナーが作る洋菓子はよく売れ、繁盛していたようです。それから35年、オーナーは後継者の不在に悩んでいました。
一方、伊藤さんは20代の頃に3年間、フランスでパティシェの修業をしていました。ちょうど一時帰国した時、カスミのオーナーから伊藤さん親子に「店を継いでくれないか」と相談を持ちかけられたのだそう。
「その頃、父は他店でパティシェとして働いていて、自分の店を持ちたかったので前向きでした。正直なところ、私はもう少しフランスにいたかったんですけどね」と伊藤さんは笑います。
父の熱意にほだされ、親子でカスミを承継した伊藤さんですが、最初の頃は苦労の連続でした。「フランスと日本では、好まれるお菓子が全く違います。さらに、材料も違うし気候も違うので、向こうで教わった通りには作れないんです。一から新しくお菓子作りを始める感じでした」
現在は売り上げナンバーワンのオペラも、最初の10年間はほとんど売れなかったそうです。「オペラというお菓子が、全く知られていなかったですからね。当初、バナナボートは作らなかったのですが、お客様からの要望を受けて考えなおし、看板商品として販売することにしました」
バナナボートの知名度とカスミの店名をセットでPRしていくことで、お客様に足を運んでもらい、他のお菓子も知られるようになりました。「地元の人の目に触れる新聞広告にはバナナボートを掲載し、逆に、SNSには他のお菓子を中心にアップしてきました」
「何を売るか」を考えて試行錯誤を重ね、地元で愛される洋菓子店として30年以上営業を続けてきました。
地域に根ざした店を残したい
高校生の頃まではよく店を手伝ってくれていた息子さんが、別の道に進むことを決め、伊藤さん自身も年齢を重ねるうち、カスミの今後を考えるようになりました。
「最初は、ひっそり店を畳もうかと思ったんです。でも、県内どこへ行ってもチェーン店が並ぶ同じような街並みになっていくことに寂しさを感じ、地元に根ざした店を残さないといけないと思うようになりました」
「ここにしかない店」だからこそ守れる、その土地の文化がある。そう考えた伊藤さんは、事業継承という形で洋菓子店を残せるよう、後継者募集に向けて動きはじめました。
「店名は残さなくても構いません。バナナボートやオペラなど、今販売しているお菓子も無理に残さなくてもいいと思っていますが、もし、作り方を教わりたいという希望がある場合は、カスミの味を伝えます」と、伊藤さんは話します。
「どのような店をやっていきたいのか」というビジョンを明確に持ち、この地で長く事業を続けていきたいと考えている人に継いでほしいというのが、伊藤さんの強い希望です。
事業を続けることこそが、一番の地域貢献
事業承継にはメリットもデメリットもあります。前のオーナーからカスミを承継した時は、店の良い評判や、以前からの常連さんをそのまま受け継ぐことができたのはメリットでした。しかし、店名が変わらないために新規開店のインパクトがなく、また、お客様から「味が変わったね」と言われるなど、デメリットもありました。
今は、コンビニエンスストアやスーパーでも美味しいスイーツを販売しています。その中で生き残っていくためには、「ただ美味しいものを作りたい」ということではなく、何を売るのかをしっかり考え、店の特徴としてアピールできる商品を売り出していく必要があります。カスミの場合は、それがバナナボートでした。
「できれば、事業以外のことには手を出さず、経営に注力してほしい」と伊藤さんは語ります。「以前は私も、地元の学校とのコラボ商品を作ったり、授業の一環でお菓子作りを教えに行ったりしていました。子どもたちのため、地域のためと思っていたからです」
でも、一番の地域貢献はこの地で長く事業を続けていくことだと気づいた、と力説する伊藤さん。「北前船の寄港地だった能代には、各地の食文化が持ち込まれ、昔はたくさんのお菓子屋さんがあったんです。それが、一軒、また一軒と無くなっていきました」
後継者がいないから店を畳むという選択ではなく、事業承継して地元の店を残していくことが、地域の文化を未来へとつないでいくのです。カスミの店舗や設備を活用し、ここ能代の地で、地元に根ざした洋菓子店を経営してみませんか。