
名物おかみが守り続けた、自然とともに生きる宿
岐阜県郡上市明宝地域。清らかな水が流れ、四季折々の表情を見せる山々に囲まれたこの地に、「愛里」という名の自然食泊があります。施設の名前は「ふるさとを愛する」という想いから名付けられました。
この宿を営むのは、石田 満さんと賀代子さんのご夫婦です。山菜アドバイザーの資格を持ち、全国の「農林漁業の民宿おかみさん百選」にも選ばれた賀代子さんは、まさに名物おかみ。30人規模のお食事会を夫婦二人で切り盛りし、「30人ぐらいのお客様は二人で大丈夫よ」と語るその笑顔の奥には、長年積み重ねてきた経験と確かな腕が感じられます。
1985年に事業を始め、1995年にめいほうスキー場が開業した年には約6,000万円を投資して宴会・レストラン棟を増設しました。2階には大宴会場と小宴会場、1階にはレストランと厨房を備え、別棟には12室の宿泊施設があります。特に冬場はスキー客で賑わい、年商は過去に5,000万円を超えたこともありました。


自然の中に宝を見つける目、そしてそれを生かす技
「郡上市明宝の自然は素晴らしい」と石田さんご夫婦は語ります。春は萌黄色に染まり、夏は緑が深まり、秋には葉が落ちる。清らかな水には鮎やイワナが泳ぎ、四季折々の自然を肌で感じることができます。しかし、大自然の中で働くことは決して楽ではありません。「これを大変だと思わない“自然が好きな方”にこの事業を引き継いでほしい」というのがお二人の願いです。
賀代子さんが持つ自然食のノウハウは、まさに技と呼ぶにふさわしい奥深さがあります。タラの芽、こごみなどの山菜をどこで、どうやって採ってくるか。そして、それをどうやって美味しい料理に変えるか。年齢を重ね、山に入ることが負担になることを見越して、賀代子さんは近くで山菜を採ることができるような工夫を重ねてきました。「○○ならばここにある、△△ならばここにある」という具合に、自然の中に宝の地図を描いてきたのです。
そして何より、賀代子さんはこれらの山菜を美味しい料理に変える下処理と調理の手法を持っています。都市部のお客様がわざわざ明宝まで足を運ぶ理由が、この愛里の料理の美味しさに詰まっています。

鮎にもこだわりがあります。満さんは「吉田川(長良川の支流)と長良川の鮎、全国1位に輝いた郡上市和良地域和良川の鮎は味が全く違う」と話します。賀代子さんは「私は吉田川の鮎が日本一だと思います」と自信を持って語り、その違いを簡単に見分けることができると言います。
このようにこだわりのある食材を、おかみさんのノウハウで加工・調理してお客様に提供するからこそ、説明にも自然と力が入ります。それが名物おかみさんと呼ばれる理由です。
賀代子さんは明宝地域の旅館の「女将さんの会」に所属していた時にも、他の旅館の女将さんたちにこのノウハウを伝授してきました。賀代子さん自身も、この土地ならではの食材を活かす技術は、決して一人で抱え込むものではなく、次の世代へ、地域へと受け継がれるべきものだと考えています。

「明宝の四季の恵みを生かす技術を後世に残してほしい」。後押しされて、継ぎ手の募集へ
年齢を重ねたお二人は、このまま「店じまい」を考えていました。しかし、郡上市商工会の担当者から「おかみさんの料理は【技術】だから後世に残してほしい」という熱心な提案を受け、全国の募集に踏み切ることを決意されました。
もちろん、すぐに一人立ちしてもらうわけではありません。1年程度かけて、山菜の採取場所から下処理の方法、調理の技術、そして接客のノウハウまで、丁寧に伝授していく予定です。
春の萌黄色、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪景色。四季が織りなす自然の美しさの中で、山の恵みを料理に変える技術を学び、お客様に喜んでいただける。それは決して楽な道ではないかもしれません。しかし、自然が大好きで、この美しい地で生きることに喜びを感じられる方にとっては、かけがえのない人生の選択になるはずです。
「愛里」という名前に込められた、ふるさとを愛する想い。その想いとともに、確かな技術を次の世代へ。石田さんご夫婦は、この自然と、この技術を、心から大切にしてくれる人との出会いを楽しみにしています。