〈 この特集は…〉
地域で長く愛され、まちの個性となっている飲食店や一次産業、ものづくり産業、などの小規模事業者たち。しかし、多くの地域では後継者がいないことが理由で、歴史が途絶えてしまうかもしれません。自治体に求められているのは、事業の後継者を探し、地域の価値を承継すること。継業バンクを活用して継業が生まれた自治体の担当者に、活用に至った背景や成果をうかがいます。
地域:富山県南砺市
担当者:ケイギョーラボ 遠藤あずささん、南砺市商工企業立地課 商工振興係 藤田万梨恵さん
取材・文:石原 藍 写真:酒井 裕子
長寿企業に憧れ、たどり着いた南砺市
富山県南砺市は、木彫刻のまち・井波、古い町並みの残る城端、世界遺産の五箇山合掌造り集落など、多彩な文化と歴史を誇るまちです。豊かな自然とともに、農業やものづくりといった地場産業も息づいていますが、人口減少と高齢化により、後継者不在で廃業の危機に直面している事業者も少なくはありません。
こうした中、2022年3月、南砺市で地域の“なりわい”を未来につなぐ事業承継マッチング支援「ケイギョーラボ」がスタートしました。
運営するのは千葉県出身で2020年に移住した遠藤あずささん。大学卒業後は東京で営業職として全国を飛び回り、一般社団法人100年経営研究機構で創業100年以上の企業を研究。10代目当主や6代目女将といった存在に触れ、「世代を超えて積み重ねられてきた誇り」に魅力を感じたといいます。
やがて遠藤さんは、「自分も地域で、誰かが大切に守ってきた“なりわい”を未来につなぐ仕事がしたい」と考えるようになります。20代半ばには「自然豊かな地域へ移住したい」という思いもあり、その計画を本格化。移住先に求めた条件は「後継者を募集している事業所がある地域」でした。しかし当時、そのような情報は全国的にもほとんど整理されていません。「やる気がある人と、事業を託したい人が出会えないままなのは、もったいない」その思いが移住を本格的に考える原動力となりました。
移住の候補地を探すため、遠藤さんは各地を視察。南砺市を選んだ決め手は、地域の小さなお祭りや文化が脈々と受け継がれている風土でした。
さらに、もう一つの理由があったそう。
「南砺市は四つの町と四つの村が合併してできていて、山間部から平野部まで多様な地域があります。もしある地域でうまくいかなくても、別の地域に行けばいいという選択肢がある。この多様さが魅力でした」
文化と暮らしの距離が近く、人々の温かさにも惹かれ、「ここなら根を張れる」と確信。2020年5月、南砺市へ移住しました。
なんと未来創造塾から誕生した「ケイギョーラボ」
移住後は、農作業の手伝いや地元事業者との交流を通して地域に馴染むことを優先していた遠藤さん。顔見知りが少しずつ増えるにつれ、市の移住支援部署ともつながりが生まれ、地域イベントや活動にも積極的に参加するようになります。
2021年には、南砺市が主催する「なんと未来創造塾」に参加。以前から温めていた「地域で継業を進める仕組みづくり」というアイデアを提案したところ、商工会や市長をはじめ多くの関係者から予想以上の反響がありました。
「これは必要だね、と言っていただきました。皆さん、普段は言葉にしていないけれど、やはり同じような危機感や課題意識を持っていたのだと思います」
こうして、地域の中に眠っていた継業への関心と課題感が、遠藤さんの提案によって表面化していきます。翌年、市の委託事業としてケイギョーラボが正式にスタートしました。
足を運ぶことでわかった地域の実情
活動の第一歩は、市内の事業者へのアンケート。後継者の有無や承継の意向などを尋ね、返送のあった事業者には一軒ずつ足を運び、直接話を聞いて回りました。
「地域の方同士だと、かえって聞きにくいことが多いそうです。私はよそ者だからこそ、家族構成や息子さんのことなども率直に聞ける。それが逆にいいと言われます」
地道な訪問を重ねるうちに、地域ならではの本音も見えてきました。
「実は密かに後継者を募集しているが、町の人には知られたくない」という声や、「この業種をやりたい人なんてほとんどいないから、期待していない」と諦め気味の事業者も。中には、一見すると承継に向いていそうな事業でも、実は慢性的な赤字体質で引き継ぎが難しいケースもありました。こうした現状は、直接足を運び、顔を合わせて話すことで初めてわかったことでした。
最初のマッチング――匠雲堂
実際のヒアリングから最初の支援に結びついた事業者は、彫刻刀専門店「匠雲堂」。経営は健全で、固定客も多く、黒字経営を長く続けてきた希少な事業者です。代表の「家族以外に承継したい」という明確な意思のもと、数年前から地域内外で後継者を探し続け、「うちをケイギョーラボの1軒目の事例にしてほしい」と前のめりに協力を申し出てくれた事業者でした。
求人情報を見た県外の方が何度も現場を訪れ、職人の技を学びながら信頼関係を築き、2023年4月には後継者候補として決定。しかし、約1年半後の2024年秋、候補者が辞退するという予期せぬ事態に。
「継業はその地域で生きていくということ。地域の人に見守ってもらうことも大切です。単に仕事を継ぐためのやりとりだけではなく、地域との関係性づくりをサポートする重要性を感じました」
それでも事業者とともに前向きに、「次はこうしよう」と改善点を共有し、新たな候補者が再び決定。現在は、その実現に向けて歩みを進めています。
ニホン継業バンクと連携。移住経験を活かし発信
2024年には、地域での継業事業の立ち上げを支援する「継業サポーター」プログラムを開始した「ニホン継業バンク」とケイギョーラボがパートナーシップを結び、「富山県南砺市継業バンク」を開設。
「ケイギョーラボを手探りで進めるなか模範にしていたのが『ニホン継業バンク』だったので嬉しかったですね。全国の移住希望者や起業志望者に案件を発信できるようになり、問い合わせも着実に増加しました」と遠藤さん。
記事には自らの移住経験も活かされています。雪深い冬や車移動が必須な生活など、良い面も厳しい面も包み隠さず記事で伝えるスタイルです。
実際、遠藤さんも移住当初は試練の連続だったそう。
「私、虫が本当にダメで…」と笑います。都会育ちで室内に虫がいる環境に慣れていなかったため、移住1年目は小さなコバエやクモとも格闘する日々。さらに、移住時は運転免許を持っておらず、南砺市に来てから自動車学校で免許を取得しました。初めての冬は雪道運転に苦戦し、「冬・運転・虫」は都会からの移住者にとって大きなハードルだと実感したといいます。
「自分自身の経験なので、候補者にも移住のリアルをちゃんと伝えたいと思っています。虫が苦手すぎて帰ってしまった移住者の話も聞いたことがありますから」
バトンが渡った後も、定期的に事業者を訪問。商工会や専門機関と連携し、孤立を防ぐ体制を続けています。地域の良さだけでなく生活の現実面も共有し、候補者が移住後にギャップでつまずかないように心を配る。その姿勢が、信頼関係づくりの基盤になっています。
少しずつ変わり始めた地域住民の意識
継業は単なる事業承継ではない、という遠藤さん。
「地方では、家族経営の小さな店舗や工房が地域の暮らしや文化を支えています。そうした『なりわい』を未来へとつなぐことこそが、継業だと思うんです。M&Aのように会社の売買だけで終わらせるのではなく、事業主の想いや後継者に求める資質、そして地域で果たしてきた役割を丁寧に汲み取り、心からの支援をすることが必要です」と力を込めます。
南砺市も全国の多くの地方都市と同じく、人口減少や高齢化が進み、店や工房が静かに姿を消していく現実があります。継業の支援があっても、廃業に至るケースは少なくありません。それでも遠藤さんは、その度に「このまちのために今、自分に何ができるのか」を問い続けてきました。
たとえば、ある和紙工房では後継者が決まったことで、売上をあげていくことに事業主が本気で取り組むようになりました。
「70代後半の事業主さんが、後継者と一緒に何十年先の未来を思い描く姿は本当に胸を打ちます。自分がいないかもしれない時代の未来を考える。その想像力は、地域全体に力を与えるんです。なりわいが未来に続くというのは、単なる現状維持ではなく発展だと思っています」
こうした遠藤さんの取り組みは、事業者だけでなく行政職員の意識も変えつつあります。
その一人が、現在富山県高岡市から南砺市に派遣されている職員の藤田万梨恵さんです。
「この部署で働くようになってから、継業という言葉が身近になりました。それまでは個人商店や工房の問題は、その人たちだけの課題だとどこかで思っていたんです。でも、遠藤さんの活動を間近で見て、市や地域ぐるみでできることがもっとあるはずだと感じました。これからは、気軽に相談してもらえるような広報や周知に、より力を入れていきたい」と語ります。
大好きな南砺市の未来のために
「新しい環境に飛び込む後継者と、それを受け入れる地域の双方が安心して進めるように伴走したい」そう語る遠藤さんの原動力は何なのでしょうか。
「南砺市が大好きだからです。このまちで出会った人や地域に根付く歴史・文化、豊かな自然、新鮮な食べ物、すべてが自分を優しく受け入れて、癒してくれました。だからこそ、南砺市に恩返しがしたいという一心で活動しています」
書類を抱えて工房を訪ね、候補者と語り、時には雪道を走って現場へ行く。その一つひとつが、このまちの未来を守るための歩みです。
遠藤さんの伴走は、今日も南砺市のなりわいを、未来へつないでいきます。