まちづくりのプロが継業。博多郊外で約40年続く「喫茶キャプテン」 | ニホン継業バンク
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2021.04.27

まちづくりのプロが継業した、博多のベッドタウンで約40年続く喫茶店、「喫茶キャプテン」

連載「継ぐまち、継ぐひと」

継ぐまち:福岡県那珂川市

継ぐひと:木藤亮太(株式会社バトンタッチ)

譲ったひと:岡本信行

左から現オーナーの木藤さん、店長の橋本さん、料理長の草原さん、先代オーナーの岡本さん

〈 この連載は… 〉

後継者不足は、現代の日本が抱える喫緊の課題。「事業を継ぐのは親族」という慣習や思い込みを今一度とらえ直してみると、新しい未来が見つかるかもしれません。ここでは、地域の仕事を継ぐ「継業」から始まる豊かなまちと人の物語を紹介します。

取材・文:栗原香小梨  写真:浅井克俊  編集:浅井克俊、中鶴果林(ココホレジャパン

まちのシンボルを残したい

2019年に地域のひとに惜しまれつつ約39年の歴史と共に閉店するも、事業承継によりその1ヶ月半後に再オープンした喫茶店がある。

その店があるのは、福岡市南部のベッドタウンとして発展し続けている那珂川市。2018年には人口が5万人を突破し、「町」から「市」に昇格した。中心市街地は飲食店やスーパーなどの店で溢れているが、市街地から一歩外へ出ると豊かな自然にも出会える、ファミリー層に人気のまちだ。博多ー博多南駅間を”在来線”として新幹線車両に乗ることができる珍しいまちでもある。

博多南駅より大通りを歩くこと10分、チェーンの飲食店などが乱立するなか、「COFFEE HOUSE」と描かれた白い建物に思わず目が留まる。船体を逆さにひっくり返したような外観の「喫茶キャプテン」が、今回の物語の舞台だ。

同じような規格でつくられたチェーン店が並ぶまちなかで、どこか懐かしさと暖かさを感じさせる建物

店内に入ると、優しい笑顔で現オーナーの木藤亮太さんが迎えてくれた。

木藤さんは、もともと福岡市内で働いていたが、2013年に宮崎県日南市に移り住み、商店街再生プロジェクトに参画。商店街再生の好事例として国や各自治体から大きな評価を受けたまちづくりの第一人者である。4年の任期を経て2017年に母方の地元である那珂川に戻ってきた。

その後、木藤さんは那珂川を中心に九州各地のまちづくりに携わっていくなかで、地元那珂川の不動産屋より、まちのシンボルである「喫茶キャプテン」が継ぎ手を探していることを知る。店が閉店する2ヶ月ほど前のことだ。

木藤亮太さん。1975年生まれ。子どもの頃は父の転勤で関東、東北、九州を転々と住み、現在は那珂川市在住

「この店を那珂川のシンボルとして、地域の文化を引っ張っていく拠点にしたいと思っています」

幼い頃、常連だったご自身のおばあさまと一緒にこの店によく来ていたという木藤さんは、仲間と共に「株式会社バトンタッチ」を立ち上げ、この店を承継した。 

はじめは、誰か継いでくれるひとを知らないか、という話だった。周囲で継いでくれそうなひとを探してみたが、見つからなかったという。最終的に、木藤さんが店を継ぐことを決意した裏には、「このままでは那珂川らしい風景が失われてしまう」という危機感があったからだ。

「地域の人が常連として店に通っていたのも知っていたし、積極的に守っていかなければならないと思いました。チェーン店がひしめき合う市街地で最後に残っているのがこのお店ぐらいです。それこそ、この店がなくなってしまったら那珂川らしい店は他にありません。それで、頑張って継いでみようかなと思ったのが最初のきっかけです」

と木藤さん。

ベッドタウンとして発展し続ける那珂川は、市街地は新しいマンションやチェーン店で溢れ、便利である一方、全国どこにでもあるような画一化されたまちの風景が広がる。そのなかで、まちの歴史と共に、訪れるひとの時間と向き合ってきた「喫茶キャプテン」は、「那珂川の文化」とも言える。唯一昔から「変わらない」那珂川の風景なのだ。店がなくなれば、その跡地は新しい店やマンションなどに展開され、「那珂川の文化」はその風景と共に永遠に失われてしまうだろう。

店内の様子。先代の頃から使われているこだわりの調度品が点在し、先代が作り上げた店の雰囲気を今も引き継いでいる

木藤さんは、店を承継するために、仕事仲間である一級建築士の村上明生さん、飲食店経営者の仲盛弘樹さんと共に株式会社バトンタッチを立ち上げたのだが、仲間と共に会社を設立した理由とは何だったのだろうか。

「1人でやるには心細いですし、事業を持続させていくためにはいろんな知恵が必要です。厳しい経済状況の中、バランスよく経営していくことが大切。1人ではなく、チームで役割分担することで、多様なかたちで事業を担うことができるようになります」

と木藤さん。

「近年、福岡市近郊でその地域らしさや、地域の大事なものが失われつつある」という危機感を共有し集まった3人は、2019年6月に会社を立ち上げ、事業承継に向けて動き出したのである。

地域の声に応えて

「いま思うと、始めるのは簡単やけど、長年やっていると、辞める方が難しいんやね」と、先代オーナーの岡本信行さんはしみじみ語る。

2019年に、長年調理を担当していた奥さまが体調を崩し、店を継続していくことが困難となった。「もともと40年やったら辞めようと思っていたので、店を閉じることにまったく悔いはなかった」という岡本さんだが、地域の人から「待った」の声がかかった。

「お客さんから、『辞めてもらったら困る』と言われて。それだったら継いでくれるひとを探そうかということになってね」と岡本さん。

先代オーナーの岡本信行さん。窓際には岡本さんが趣味で作られている苔盆栽が置かれている。

取引業者や知人、最終的には地元の不動産屋に依頼し、店を継いでくれる人を広く募っていたそうだが、実際に店を受け継いでもらう際に出した条件などあったのだろうか。

「特に何の条件もないですね。店を継いでもらって、常連さんの面倒さえ見てくれたらね(笑)」と岡本さん。

建物についてはもともと賃貸であったため、事業承継の際に、株式会社バトンタッチで新たに不動産屋と賃貸契約を結んだ。その他譲渡費用などは無く、店内の食器や設備などはそのまま木藤さん達に引き継いだ。

岡本さんは、もともと福岡市の港町で漁業会社に勤めていた。「船の操業中、当直の時には自分でコーヒーを淹れて、デッキで飲んでいた」というコーヒー好きだったそう。1980年、岡本さんが30歳の時、コーヒー好きが高じて奥さまと共にこの地に店をオープンさせた。ちょうど那珂川に新幹線の車両基地(新幹線博多総合車両所)が完成した4年後のことだ。

オープン当時は、車両基地で働く社員やその家族が多く来店し、昼間はビジネスマンの憩いの場、夜は若者達のデートの場としても使われていたそうだ。まちの発展とともに、オープンから15年間は右肩上がりで客足が伸びていった。その後、バブルがはじけて一時は落ち込んだものの客足は安定し、常連さんをはじめ2世代、3世代にわたって来店しているお客さんもいるほど、地域に密着した店として親しまれてきた。

オンラインが発展し、直接コミュニケーションをとる機会が少なくなってきた現代だからこそ、人が「時間」や「居場所」を求めてやってくる「喫茶キャプテン」のような店は、一筋縄では辞められないのかもしれない。

店の看板メニューのウィンナーコーヒー。溢れるほどのクリームをのせるためにはコツがあるそうだ
ナポリタンスパゲティ。オープン当初からのロングセラーメニュー

じわじわと関係をつくる

正式に店を承継することが決まった木藤さんたちは、店の雰囲気を可能な限り残したいと考え「『喫茶キャプテン』の屋号とレシピをいくつか継がせてもらいたい」と先代の岡本さんに申し出たという。岡本さんからは前向きな返事をもらったというが、第三者承継の難しさについてこう話す。

「看板を受け継がせてもらうって、とても難しくて。面識がない第三者がいきなり来て、『継がせてください』と言っても、『看板を汚される』と思われることもあるんです」

木藤さんたちの場合は、木藤さん自身が那珂川在住であり、木藤さんのおばあさまが店の常連で先代と顔馴染みであったことが、岡本さんや地域に受け入れられる上で大きく作用したと言えそうだ。

店長の橋本悦子さんと料理長の草原亜沙美さんは、もともと福岡市内のカフェで働いていたそうだが、縁がありキャプテンに加わることになった。外からやってきた2人は、どのように地域に馴染んでいったのだろうか。

「店長の橋本さんが、『閉店までの2日間お手伝いしましょうか』って言ってくれたんです。それで、閉店までのラスト2日間店で働かせてもらったのですが、岡本さんがお客さんたちに次々と橋本さんを紹介して歩いてくれた。その時、岡本さんはもちろん、店のお客さんたちも橋本さんがどういう人物なのかよく見ていたと思うんです。そうやって、じわじわと岡本さんやお客さんとの信頼関係をつくっていった

と木藤さん。

意図していないにしろ、橋本さんの何気ないあたたかい気持ちが、岡本さんや店のお客さんたちとの距離を縮めたのだろう。第三者が承継する際には、地域のひとたちとの「信頼関係」を作ることは大きな鍵となりそうだ。

地域のひとに受け入れられるための工夫として、木藤さんはこんな出来事を話す。

「事業承継が決まったとき、岡本さんが店に貼っていた『閉店します』と書かれた貼り紙の上に、我々が『継ぎます』と書いた貼り紙を重ねて貼ったんですよ(笑)」

お客さんからは驚きの声とともに、「店が残ることが嬉しい」という声も。木藤さん自身も承継することにプレッシャーがあったというが、「継ぎます」という貼り紙の裏には木藤さんたちのアツい決意が込められており、徐々に地域の信頼を得ることにつながった。

味もしっかり引き継いでいこうと、看板メニューのウィンナーコーヒーを練習する草原さん。岡本さんがコーヒーやレシピの指導を買ってでてくれた

こうして、「喫茶キャプテン」は2019年6月末日に約39年の営業に幕を下ろし、2019年8月に新たな「喫茶キャプテン」として再オープンした。再オープン時には、岡本さんも店に立ち、手伝ったという。

「『いいひとが入ってくれとる』とお客さんからの評判は良かったですよ」と、目を細めながら話す岡本さん。お客さんからも「味も前と変わらないよ」と言われるそう。新たに歩みだした「喫茶キャプテン」は、店の常連客からもすんなり受け入れられたようだ。

味とともに受け継ぐ「文化」

「この店のお客さんが何を楽しみに来るかというと、コーヒーや食事、空間もそうですけど、まず会話を楽しみに来るんですよね。他のチェーン店ではできないコミュニケーションを我々は大事にしているんです。味はもちろん、この店の雰囲気や文化を受け継いでいくことがとても大切だと思うんです」

と、木藤さんは言う。

「この店もそうですけど、お客さんがふらっとやってきて愚痴を聞いてもらう、そんなサードプレイスを必要としている人って一定数以上いると思うんです。そういう意味では、喫茶店は健康づくりにも大事だなって。例えば、毎日来ているお客さんが3日来ないと、連絡しようかなって心配になります」

取材中、常連客が先代の岡本さんを見つけると、言葉を発するわけでもなく、アイコンタクトや手を挙げて挨拶を交わしていた。岡本さんは、「昔からのお客さんとは、何も言わなくとも魂で繋がっている」という。この店の緩やかな人と人とのつながりや気遣いが、「喫茶キャプテン」ならではの文化のように感じられた。

店長の橋本さんは以前医療系で働いていたこともあり、お客さんとの何気ない会話の中で健康のことも気にかけているそう

現在は、新型コロナウイルス感染症の影響で厳しい状況でもあるが、まちでは「地元を応援しよう」という機運が高まっているという。働き盛りの世代が、リモートワーク等で平日も地元にいるようになり、「地元の店を応援したい」と、初めて「キャプテン」を訪れる方もいるようだ。コロナはピンチももたらしたが、地元を見つめ直すきっかけとなっている。

店では、テイクアウトサービスなどの新たな取り組みにチャレンジしたことで、売り上げはコロナ前よりも増えているそう。

「今後は『地産地消』を目指し、店のメニューで使うものはなるべく地元のものを使い、地元の生産者を応援していきたい。まちをみんなで応援して、”応援の連鎖”をつなぐことで、まちを活性化していきたいんです」

と木藤さん。

店が続いていくことで、地域資源の活用につながり、資本がまちに循環することにつながる。

ひいては、まちの発展につながっていくだろう。

ベッドタウンゆえに、那珂川のひとは博多や天神などの周辺地域に通勤し、そこで消費が行われてきた。那珂川で過ごす時間が少ないため、まちを盛り上げることに関心も持てなかったのではないだろうか。だが、今後は「喫茶キャプテン」を中心に、お金の流れやまちのひとの意識も変わっていきそうだ。

「喫茶キャプテン」には、訪れるひとが心地良く過ごせる気遣いと、人々の緩やかなつながり、約40年以上変わらない文化がそこにあった。それを地域の資源として見つめ直し、この店を拠点にまちを盛り上げていこうとしている。まちの発展を見据えた「喫茶キャプテン」の継業のかたちは、地域の仕事を承継する上で、大切な視点なのではないだろうか。


継いだもの:喫茶店

住所:福岡県那珂川市松木1-1

TEL:092-953-0985⠀

営業時間:10:00 ~ 18:00

定休日:水曜

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