戦後、食料品を扱う商店としてスタート
青森県野辺地町で70年以上にわたり、金物や花など、生活にまつわる商品を販売してきたお店が、2023年9月で閉店しました。
国道279号線沿いに位置し、野辺地町役場など中心街から徒歩5分ほどの位置にある「花のみどりや」。2代目の新谷純悦さんは、住居付きの建物を活用して事業を営んでくれる人を募集しています。
「花のみどりや」を始めたのは、新谷さんのお母様でした。戦後の1945年頃に、満州から引き上げて野辺地に戻ってから、生計を立てるために食料品店を始めたことが始まりでした。
「私の祖父がもともとこの場所で『あらや金物店』という金物を扱うお店をやっていたんです。満州から帰ってきて、祖父のお店の一角を借りて母がお店を始めたと聞いています」
当時は青森市内の繁華街にある市場へ行き、商品を仕入れ、店頭に並べて食品を販売していたといいます。果物は三戸から卸してもらうなど、野辺地の地域住民に必要なものを揃えていった新谷さんのお母様。しかし時代の変化とともに食料品店をやめることになりました。
「スーパーマーケットができてなんでも揃うようになって、個人店は厳しくなりました。そこで、これからの時代になにが必要になるかを考えた際に、花を選んだみたいです」
デパートなどに並ぶ「スタンド花」を見て、花を扱うことを思いついたとのこと。まずは花の鉢植えから始めていき、それ以来、野辺地町で地域に根ざした花屋として商売を続けてきました。
時代の変化とともに変わる需要
今から約40年前の30歳を過ぎた頃、お母様から事業を承継。「いろいろな種類の花の種を蒔いて、芽が出てくるのを見るのがおもしろかった」と振り返る新谷さん。山形や新潟、長野からたくさんの花の種を仕入れては育て、販売してきました。
お花は常に生活と身近な存在ではあるものの、ブームの変遷があったといいます。
「一年草から多年草に、その後は山野草(さんやそう)などが流行りましたね。その後は鉢植えからガーデニングを趣味にする方が増えて、いったんブームは落ち着いたと思います。需要も変化し、最近ホームセンターなどで販売されているお花の種類は昔と比べてめっきり減りました」
時代の変化とともに趣味としての花需要は減り、近年は仏事での需要が売上の8割を占めていました。お客様との信頼関係を大切に商売をしてこられ、一度依頼された方のリピートが多かったそうです。
また、仏事のお花は1本あたり30分から1時間の作業時間を要する体力作業。年商1,300万円前後だったというピーク時は、1日に20本を立てたこともありましたが、体力の問題から1日8本程度を手掛けるのが限界になりました。
建物を活かした新しいチャレンジを
「本当はまだまだ続けたかったんですけどね」と話す新谷さん。体力的な問題だけでなく、花を取り巻く環境も廃業を決断した要因のひとつだといいます。
「コロナ禍を経て家族葬が主流になり、需要が減りました。また、近年の天候不順により花の値段が上がり続けているので、もう少し値段が下がるといいんですけどね」
「花のみどりや」の建物は住宅と店舗が一体になっていますが、新谷さんは別の場所に住んでいるため、住居も含めた建物の活用が可能です。これまでと同様に花を扱う店舗を営む場合は、2代にわたり築いてきた仕入先や販路の紹介もできます。
「別の事業を展開するとしたら、道の駅のようなものがあったら、野辺地のまちの人にとって助かると思います」と新谷さん。野菜などを個人で作っている人も多いので、なんでも出店できるようなお店があると、野辺地のまちが盛り上がるかもしれないとのことです。
時代はめぐり、新谷さんのお母様がはじめた地域住民が必要なものを揃える身近なお店がまちに必要とされているのかもしれません。
「この店を引き継いでからこれまで、花にとらわれず周りの状況を見て、おもしろそうなものを取り入れてきました。いろんな場所にでかけて、新しいアイデアを仕入れて、まずやってみることを大事にチャレンジしてもらえたらと思います」
金物屋から食料品店、花屋と時代の変化とともに、まちのニーズに応えてきた商店を引き継ぎ、新たな事業をはじめる気持ちがある方からの応募をお待ちしています。