浅口市鴨方町の風物詩。「かど干し」の伝統技で手延べ麺づくりを続ける「河田賢一製麺工場」 | ニホン継業バンク
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2023.02.22

浅口市鴨方町の風物詩。「かど干し」の伝統技で手延べ麺づくりを続ける「河田賢一製麺工場」

〈 この連載は… 〉

岡山県西部を流れる高梁川流域の10市町には、ここにしかない味や技術、長年愛されてきたお店がたくさんあります。しかし、それらは、後継者不在を理由に少しずつ姿を消してしまうかもしれません。この連載では、市民のみなさんから「絶対に残したい」と応援の声が寄せられた事業を営む店主に、仕事に対するこだわりや思いを伺います。

取材・文:中原あゆ子 写真:bless小野友里恵 編集:中鶴果林(ココホレジャパン

手延べそうめんの里・鴨方

小田郡矢掛町と浅口市にまたがる標高約405mの遥照山(ようしょうざん)。そのすそ野に広がる浅口市鴨方町は、手延べ麺の産地として知られている。中でも杉谷川沿いの里・鴨方町小坂東地区は、江戸時代から原料の小麦の栽培が盛んだったこともあり早くから麺づくりが行われてきた。

ブドウ畑や小川に囲まれた里山にある河田賢一製麺工場

「昔は川べりに水車が30基ほどあって、小麦を挽いとったんですよ」と話し始めるのは、小坂東地区で、4代続く製麺所「河田賢一製麺工場」を営む河田紘志さんだ。今ではあまり見られなくなった「かど干し」(天日干し)製法で、手延べそうめんやひやむぎ、うどんを作っている。

播州より伝承した技を改良

製麺工場は1873年(明治6年)に紘志さんの曽祖父・虎五郎さんがはじめた。ぶどう畑や小川に囲まれたのどかなこの地は、遥照山の伏流水や清涼な空気、良質の小麦粉に恵まれていることから「揖保乃糸」の産地である播州・龍野(現・たつの市)の麺職人が、そうめん生産の普及のため虎五郎さんのもとを訪れた際に、麺づくりの技を伝授したそうだ。その後、改良を重ねながら2代目の喜代治さん、3代目の賢一さんへと製法が受け継がれ、小坂地区に麺づくりが息づいていった。

「かど干し」とは、延ばした麺を天日で乾燥させる作業のこと。近年では機械化が進み、近隣で行っている工場は河田製麺工場のみ。機(はた)と呼ぶ木製の道具に麺を掛け、竹棒を差し込んで箸分けしながらリズミカルに麺を伸ばし、天日に当てる。熟練の手さばきと、太陽の光と風にさらされて白さを増す麺の美しさは、鴨方地域の風物詩になっている。

職人たちの動きはまるで機織り作業のようでもある

途絶えたレシピを再現

紘志さんが麺工場を承継したのは1996年、55歳の時。兵庫県の製鉄所で電気保全の仕事をしていたが、父・賢一さんが高齢になり、手伝っていた義姉も体調を崩したことから、紘志さんは家族を兵庫に残し、ひとり実家に戻ることを決めた。

小さい頃から父母の手伝いもしてはいたが、直接父から麺づくりの手ほどきを受けたことはなかったという紘志さん。「父親が書き残したメモはあったけれど、塩や水の割合も細かい手順もわからない。一から気温や湿度、分量のデータを取ってデータを分析したんです。継いでからの2年間は大変でした」と話す。機械や電気に強い紘志さんは、データから配合を編み出し、機械も自身でメンテナンス。ブレンドした小麦粉や厳選した塩を使った麺づくりがスタートした。

「記録のない配合を試行錯誤して再現した」と話す紘志さん

手延べと熟成を重ねたしなやかな麺

紘志さんの仕事は、夜中の1時半に始まる。生地に合わせる塩水を作る「中立て」が最初の作業だ。データを分析して編み出した塩と水の分量をもとに、さらに気温や湿度によって毎日変えるこだわりよう。「塩水の分量は麺の出来を決めるから大事なんですよ」と紘志さんは手を抜かない。その塩水を混ぜた団子状の生地を、かつては足踏みで伸ばしていたが、現在はロール状の麺圧機にかけて板状にしている。

その生地を機械で縄のように伸ばし、木の桶「ねびつ」にぐるぐると巻きながら入れて、さらに1時間熟成する。その後も生地を機械で延ばしては寝かせ、また延ばしては寝かせる作業を繰り返すこと約4時間。まだあたりが暗い朝6時頃には直径1㎝の細く長い麺になる。「この作業を惜しまず行うことで、しなやかでコシのある麺になる」と紘志さん。なんと手間と時間と労力がかかっていることか。

太陽に輝くかど干し

かど干しを始めるのは10時頃から。近隣に住む職人たちが集まり、棒にかけた麺を竹棒で引っ付かないように分けながら伸ばし、太陽の光と風でほどよく乾燥させていく。

「手延べで熟成させるから麺がしなやかに伸びるけれど、機械で伸ばした麺は切れてしまいます。夏は湿度が高いから麺が引っ付くし、湿度が低い冬はすぐ乾燥するから素早くやらんとな」と紘志さん。1月から3月にかけて湿度30%から40%の晴れた日がベストだという。最後はのれんのように麺を掛けて約2mに伸ばし、最後の熟成を終えて成形、カットすると完成だ。

麺を掛けた棒を差す位置を動かしながら、手早く麺を伸ばしていく

手間をかけて出来上がった麺は、中元シーズンの夏はもちろん、年中全国から注文が入る。「麺づくりをしたいと後継者になりたいという声は掛かるけど、夜中からの作業は住み込みでないと難しい。なかなか継ぎ手がなぁ…」と宙を見つめる紘志さん。スタッフも高齢になってきたこともあり、手間を惜しまず作れる量を、でき得る限り作り続けたいと話してくれた。


倉敷・高梁川流域の絶対に残したい技:手延べ麺の伝統技「かど干し」

※本記事は後継者を募集するものではありませんので、直接事業者様にお問い合わせされることはお控え下さい。