常連客に支えられ変わらぬ味で40年。お客の笑顔を呼ぶこだわり手打ちうどん「富貴」 | ニホン継業バンク
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2023.02.22

常連客に支えられ変わらぬ味で40年。お客の笑顔を呼ぶこだわり手打ちうどん「富貴」

〈 この連載は… 〉

岡山県西部を流れる高梁川流域の10市町には、ここにしかない味や技術、長年愛されてきたお店がたくさんあります。しかし、それらは、後継者不在を理由に少しずつ姿を消してしまうかもしれません。この連載では、市民のみなさんから「絶対に残したい」と応援の声が寄せられた事業を営む店主に、仕事に対するこだわりや思いを伺います。

取材・文:藤原真理子 写真:bless和田奈緒子 編集:中鶴果林(ココホレジャパン

2代目店主が腕を振るう

のれんをくぐり、店内に入ると目に飛び込んでくる大きなL字形のカウンター。中にはピカピカに磨き上げられた厨房機器が並び、忙しく立ち働く従業員たちの姿が見える。麺をゆで、盛り付け、仕上げ、キビキビとした動きとともに次々に客が待つテーブルに運ばれていくできたてのうどん。お客はおいしそうにお腹に収めるとさっと席を立ち、「ごちそうさん」の声とともに店を出る。多い時は1時間に4回転もするというこの店の昼時は、なんとも小気味よいテンポで時間が過ぎていく。

店の名前は「手打ちうどん 富貴(ふき)」。岡山県最大の港湾エリア、水島コンビナートに近い倉敷市広江に1983年に開店し、今年で40年になる。もともと倉敷市真備町でうどん店を営んでいた父親がこの場所に移転オープンしたが、2年後に体調を崩したのを機に現店主の中見堅司さんが後を継ぎ、現在に至る。

店名はお母さんの名前「富貴子」が由来。左右対称で字のバランスがいいのだそう

うどん激戦区で他店を凌ぐ人気ぶり

店のウリは、数種類の粉をブレンドするところから自身で手がけるというこだわりの手打ち麺。リーズナブルでおいしいうどんを提供する店として地元では評判。周辺に数店のライバル店がひしめくうどん激戦区にありながら、大勢のファンを持つ人気店だ。平日はサラリーマンや作業員、週末はファミリーで賑わい、そのほとんどは常連客だという。

開店当初は周囲に飲食店も少なく、売り上げは決して芳しくなかった。時代とともに飲食店も増え、その相乗効果で徐々に売上を伸ばした。24時間操業のコンビナートで働く従業員たちの来店に合わせ、最盛期には午前2時まで営業していた時期もあった。好調な日々が続いていたが、40歳の時に中見さんは脳梗塞で倒れてしまう。昨年も再び体調を崩して入院したことで、現在は午前10時から15時までの昼のみの営業に切り替えた。

塗装がすり減り、年季の入ったカウンター席が40年の歴史を物語る

何から何まで自分の力がすべて

うどん作りは体力勝負だ。早朝5時に起きて仕入れに行き、店に戻ってから仕込みにかかる。粉を練り、足で踏んでこね、生地を寝かせ、延ばして切る。体が塩分を欲する夏場は麺の塩を多めに、冬は少なめに調整する。つゆもすべて自家製で、自分の舌を頼りに毎日味を確かめる。

仕込みのノウハウは父親の仕事を見て覚えたものの、後を継いでからは自分自身の好みや客層に合わせて試行錯誤を繰り返し、今の味にたどり着いた。出汁も先代の時とは違い、やや濃い目に取っている。作る麺の量は日によって異なるが、多い日は500から600食分にもなるという。うどんはもちろん、定食の惣菜の仕込みまで、中見さんがほとんど一人で行う。

「さすがに体がしんどくてなあ。でも、女房と従業員に助けられて今があるんよ」と中見さん。

ゆで上がるとさっと盛り付け。一人分の量は手が覚えている

「うまい、安い」が人気の秘密

「真冬でも注文がある」という人気の「ざるうどん」をいただいた。竹ざるの上でつやつやと輝く麺にやや甘めのつけつゆを絡め、口に含んでみる。一口噛もうとすると押し返してくるような弾力。しっかりとしたコシにびっくりする。ツルツルと喉越しもよく、感動しつつ口に運ぶうちに一気に平らげてしまった。

「ざるうどんはゆで上がって5分以内に食べるのが一番おいしいんよ」と中見さん。少な目で、他のうどんと組み合わせて食べる人が多いという。

値段はとても良心的。「肉うどん」550円と「ざるうどん」200円で、合わせても750円。300円プラスして小鉢やおかず、ご飯付きの定食にすれば大食の人でもお腹はいっぱいになるだろう。

「うどんは庶民の食べ物。高級なもんじゃないからな。気軽に食べられるのがうどんじゃと思う」

年がら年中人気の「ざるうどん」。そのコシを一度味わってほしい

味を守るがゆえにあえて弟子は取らない

人気店ゆえに今まで弟子入りを申し出る人は何人もいた。後継者不足を嘆く飲食店や中小企業が多い中、うらやましいような話だが、そのたびに中見さんは断ってきたという。

その理由は「作る人が変われば味が変わるから」と単純明快だ。

「お客さんが来てくれるのは自分なりに工夫して作り上げた味を変えないようにしたからだと思う。一生懸命やってもお客さんをつかめなかったらダメ。味を守るのは本当に難しい。だから今まで一度も弟子を取ろうと思ったことはない」ときっぱり。

今後のことを尋ねると「自分が働ける限りはできるけど、こればかりはいつまでかわからない」。それでも「お客さんがおいしかった、ごちそうさんといってくれる、その笑顔が喜び」と中見さん。一日でも長く、その腕とこだわりでお客のお腹と心を満たしてくれることを願わずにはいられない。

職人肌の中見堅司さん。もとは和食の道を歩んでいたという

絶対に残したい!倉敷・高梁川流域の味 : お客さんのお腹と心を満たすうどん

※本記事は後継者を募集するものではありませんので、直接事業者様にお問い合わせされることはお控え下さい。