倉敷っ子の郷愁誘う伝説のナポリタンを再現。豪雨災害から復活した「フェリーチェ」 | ニホン継業バンク
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2022.12.27

倉敷っ子の郷愁誘う伝説のナポリタンを再現。豪雨災害から復活した「フェリーチェ」

〈 この連載は… 〉

岡山県西部を流れる高梁川流域の10市町には、ここにしかない味や技術、長年愛されてきたお店がたくさんあります。しかし、それらは、後継者不在を理由に少しずつ姿を消してしまうかもしれません。この連載では、市民のみなさんから「絶対に残したい」と応援の声が寄せられた事業を営む店主に、仕事に対するこだわりや思いを伺います。

取材・文:中原あゆ子 写真:bless 和田奈緒子 編集:中鶴果林(ココホレジャパン

看板メニューは熱々の「鉄板スパゲティー」

倉敷市真備町有井にある『フェリーチェ』は、昔ながらの洋食メニューが味わえる地域で人気のカフェレストラン。鮮やかな赤と白を基調にした明るい店内に、マスターの三浦了(みうらさとる)さんと緑さん夫妻の笑顔が弾ける。看板メニューは「鉄板スペシャルスパゲティー」。来店客の半数以上がオーダーするほどの名物だ。

「鉄板スペシャルスパゲティー」880円。ピリッとスパイシーな「カクテルソース」で大人味に仕上げている。ミニフランク付き

熱々の鉄板皿でジュージューと音を立てながら運ばれてくるのは、一見すると昔ながらのナポリタンスパゲティーだが、ケチャップやスパイスなどを配合した特製ソースは三浦さんのオリジナル。上に落とした生卵が半熟になる頃に太めの麺に絡めて食べると旨いと評判だ。

ローストポークやベーコンエッグを挟んだボリュームたっぷりの「サンドウィッチ」も売れ筋で、ランチタイムに限らず人気があるという

神戸の喫茶文化を倉敷に伝える

了さんが作るこれらの料理に、一種の郷愁を覚える地元の人は多い。というのも、メニューはすべて1970年代に人気を博したとある喫茶店のメニューの完全復刻版だから。その店とは、倉敷のランドマーク的存在だったスーパー「ダイエー」内の喫茶室『UCCコーヒーショップ』のことである。

神戸出身の了さんは、神戸市内のベーカリー『ドンク』で15歳の時から10年間修業を重ねた。その間にブーランジェの技術やサンドウィッチ作りのノウハウを学び、1970年代半ばに兄弟が住む倉敷市に転居してUCC(上島珈琲)系列の『UCCコーヒーショップ』でマスターを務めた。

了さんが最も得意とするサンドウィッチ。マヨネーズに卵をあらかじめ和えた自家製マヨネーズが効いている

蝶ネクタイをしたマスターがサイフォンでコーヒーを淹れるスマートなスタイルは、オープン当初から注目を集め、買い物途中の家族連れや学生たちで賑わった。そこで人気だったのが、熱々の鉄板で提供されるナポリタンスパゲティーだったのだ。

その後真備町に念願の自分の店を開いたのは、2000年9月のこと。『UCCコーヒーショップ』で人気だったメニューを全く同じレシピで提供したところ、懐かしい味を求める客が次々と訪れるようになり、じわじわと口コミが広がった。さらにテレビで「伝説の鉄板スパゲティー」と取り上げられてからは、いっそう多くの人が噂を聞きつけて来店した。

既製品は使わず自家製にこだわる

了さんのこだわりは、ソースやドレッシングに至るまで手作りすること。サラダのドレッシングもグラタンのベシャメルソースも、鉄板スパゲティーの「カクテルソース」も手作りしてストックしてある。「既製品が嫌いでね。既製品使ったらおいしくないでしょ」と理由もいたって明快だ。神戸「ドンク」で学んだ喫茶の基本を守り続け、見えないところで手間と時間をかけたその味は、開店以来方々から訪れる客を引きつけている。

関西なまりで朗らかに話す気さくな了さんと妻の緑さんの人柄もお店が愛されてきた理由のひとつだ

ところが、2軒目の店舗を新たに構えたばかりの2018年7月6日、真備町を豪雨が襲った。その日の朝、普段通りにモーニングセットを作り、客を迎えていた了さんは、閉店後に雨が激しくなってもよもや避難することになるとは考えていなかったという。しかし、ついに小田川から溢れだした水は、みるみる水かさを増した。

夜遅くに鳴り響いた総社の工場の爆発音に恐れをなし、「危ないから逃げよう!」という妻の緑さんに急かされてほうほうのていで避難所に駆け込んだ。貴重品を持ち出すのが精一杯だったという。

西日本豪雨による被災から復興

夜が明けてみると町中は浸水し、大変な惨事に。愛着のあった店も自宅も一夜で失った三浦さん夫妻は、息子さんの家に身を寄せた。ようやく水が引いた頃、店の中で泥水をかぶっていた愛用の包丁と砥石を見つけて救出し、持ち帰ってきれいに洗浄した。55年間続けてきた仕事がなくなり気力は衰えつつあったが、日課だった包丁研ぎだけは続けたそうだ。

「他の物はすべて捨てましたが、これだけは捨てられへんかった」と相棒の包丁を愛おしむ

被災からひと月後にようやくみなし仮設住宅に入居でき、身の回りの物を買出しに行く先々で、店の馴染み客に出会った。「みんなが口々に、お店はどうするんか?頑張ってみたら?と励ましてくれるんで、急に職人魂がみなぎってきてね。もう1回前見て歩かなあかんなあと気持ちが奮い立ったんです」と当時のことを振り返る。「生活のために働きに出ようかと思っていましたが、また店を立て直そうか」と緑さんも決心したという。

空き店舗もすぐに見つかり、什器を整え、オープンを知らせるチラシも配った。豪雨から5ヶ月後の2018年12月、『カフェ フェリーチェ』は再開を果たした。オープンの日にはたくさんの客が訪れ「がんばってください」「また食べられてよかった」と喜んでくれたと、夫妻は顔をほころばせる。

真備町有井の空き店舗を改装して再開した店舗。赤いドアが印象的

再開して1年半後には、追い打ちをかけるようにコロナ禍に見舞われ、豪雨前のような調子には今も戻らないというが、「たとえたったひとりしかお客さまが来なくても、満足してもらえるよう精一杯頑張りたい」という了さん。「ケ・セラ・セラ」な性格の緑さんの明るさに助けられていると夫婦で顔を見合わせて笑う。「何回も転んだり起きたりやけどね。続けてほしいという皆さんの声がある限り、生涯現役でやれるところまで続けたい」と力強く話してくれた。


絶対に残したい!倉敷・高梁川流域のお店 : 昔ながらの洋食メニューが味わえるカフェレストラン

※本記事は後継者を募集するものではありませんので、直接事業者様にお問い合わせされることはお控え下さい。