長い行列は玉島の朝の風物詩。1日2000個を完売する愛されおはぎ店「甘党の店やまと」 | ニホン継業バンク
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2022.11.15

長い行列は玉島の朝の風物詩。1日2000個を完売する愛されおはぎ店「甘党の店やまと」

〈 この連載は… 〉

岡山県西部を流れる高梁川流域の10市町には、ここにしかない味や技術、長年愛されてきたお店がたくさんあります。しかし、それらは、後継者不在を理由に少しずつ姿を消してしまうかもしれません。この連載では、市民のみなさんから「絶対に残したい」と応援の声が寄せられた事業を営む店主に、仕事に対するこだわりや思いを伺います。

取材・文:中原あゆ子 写真:bless林達也  編集:中鶴果林(ココホレジャパン

茶の湯の町・玉島の庶民派おやつ

江戸時代より北前船が寄港し、高瀬舟の起点として栄えた倉敷市玉島。現在、羽黒神社が鎮座する羽黒山を中心に、港町として発達した。当時から商人や文人墨客が多く訪れたことから、独自の茶文化が発達し、現在も息づいている。

商港の賑わいにともなって花開いた茶文化は、玉島商人の間では、商談や接待のための茶の湯としてたしなまれ、広がっていった。現在も玉島では多くの茶会が催されるなど、茶文化が庶民の間にも深く根付いている。一方で、お茶請けとして和菓子やおやつの店も生まれ、「甘党」の文化も庶民の間に広がり、今もレトロな商店街を中心に甘い物の店が点在する。

そんな玉島でも有名なおやつの店が、旧玉島往来沿いにある『甘党の店やまと』だ。扉に「北海道産あずき」と書かれた看板がかかっているだけの小ぢんまりとした構えだが、年じゅう店の前に長い行列ができる玉島の人気店だ。販売するおはぎは、「きなこおはぎ」と「あんこおはぎ」の2種類のみ。1個70円の安さと、小ぶりのサイズ、控えめな甘さが受けて、なかには50個、100個と大量に買う人もいるという。

小ぶりで甘さ控えめのおはぎは倉敷市外からも多くの人が訪れる

柴犬が取り持った継業の縁

「やまと」の創業は、1971年(昭和46年)。先代が夫婦で営んでいたおはぎ店を、店主の廣谷正彦さんが受け継いで21年経つ。継業のきっかけは、意外にも柴犬が取り持つ縁だったそうだ。廣谷さんは当時会社勤めをしており、この玉島往来を通勤で毎日通っていた。その道中にあった「やまと」の先代が柴犬の子犬を飼っていたことから、柴犬の好きな廣谷さんと意気投合し、親しく会話を交わすようになった。

「お盆やお彼岸は店が忙しい」と聞いた廣谷さんが、勤めの傍ら休みを取ってあんこ作りの手伝いに入ることになったという。そんなひょんな縁から手伝ううちに、いよいよ先代が店をたたもうかという話になった。「辞めるなら店をせんかと言われたけど、商売は嫌いだと最初は断った。仕方がないなあいう感じで継ぐことになったんですよ」という成り行きで受け継ぐことになったのだそうだ。

最初は継業するつもりはなかった廣谷さん

サラリーマンからの転身で勝手が違い、当初の2~3年間は苦労が多かった。「まったく同じ味を受け継ぐのは無理」と割り切って、材料も味もすべて変えたそうだ。

「その時は、『味が変わった』とか『昔に戻せ』と言われることもあったけど、元には戻さんかった。だめならまたサラリーマンに戻ればいいというぐらいの気持ちでおったのがよかったかもしれん」

子どもと女性に好まれて人気沸騰

ぼたもちのような大きさから、女性や子どもでも食べられる小ぶりのサイズに変えた。材料も炊き方も、甘さもすべてを見直し、新しい「やまとのおはぎ」を作り上げたのだ。

「子どものおやつに買ってくれる人が増えてきた。子どもが食べるからお母さんも食べてくれるようになって、10個、20個と売れるようになったわなあ」。廣谷さんの戦略は当たり、5年後には「行列のできる店」として話題を集めるようになった。

使用する材料もこだわり抜いている。小豆は、特徴の北海道産「シマリ」を使用。極小粒なのでつぶれないよう細心の注意を払いながら5時間かけて炊き上げる。米は、岡山県産のもち米「ヒメノ」を中心にブレンドし、粘り過ぎず、米の粒がほどよく残る食感に蒸す。きな粉は、香りが立つように煎り時間まで指定して特注するそうだ。

こだわりぬいた材料でつくられるおはぎは絶品だ

廣谷さんは、毎日2時から仕込みを始める。2~3時間かけて、もち米の粒の食感が残る状態に蒸し上げる。その間に、豆をつぶさないよう5時間かけて小豆を炊いていく。材料が上がったら、作業場で数人の職人たちがもち米の餅を丸め、丁寧に、きなこやあんこを付けて仕上げる。そのできたてほかほかの状態で販売されるおはぎは、早ければ開店1時間半で完売する。

丁寧かつ、すごい速さできなこやあんこをつける職人たち

今も1日に2000個以上を完売し続けているおはぎ人気は衰えることはなく、廣谷さんの仕込みも毎日続いている。手間ひまと時間をかける仕込みも、ひとりで続けるのは年々きつくなってきた。

「できんようになったら閉めてもええと思うとんよ」と、達観したように廣谷さんは話すが、継いでくれる人のことを考えないことはない。「味というのは受け継ぐのが難しい。たとえ教えたとしても、お客さんが離れた時には自分みたいに何年か辛抱せにゃあおえん」

最近では玉島の「名物おはぎ」として全国ネットのテレビ番組に取り上げられ、作り方を教えてほしいという声も方々から掛かっているが、現在のところ弟子は取っていない廣谷さん。「『やまと』の味を残してほしい」と推してくれる人の気持ちもありがたく思っているし、玉島のために貢献したいとも考えている。「熱意のある人がいれば、元気を出してみようか」と思案している。


絶対に残したい!倉敷・高梁川流域の味 : 玉島で行列が絶えないおはぎの味

※本記事は後継者を募集するものではありませんので、直接事業者様にお問い合わせされることはお控え下さい。